日本と韓国の裏側で暗躍する秘密情報機関JBI…
そこに所属する、二人のダメ局員ヨタ話。
★コードネーム 《 サイゴウ 》 …仕事にうんざりの中堅。そろそろ、引退か?
☆コードネーム 《 サカモト 》 … まだ、ちょっとだけフレッシュな人だが、最近バテ気味
韓国映画の箱
(星取り評について)
(★★★★ … よくも悪くも価値ある作品)
(★★★ … とりあえずお薦め)
(★★ … 劇場で観てもまあ、いいか)
(★ … DVDレンタル他、TVで十分)
(+1/2★ … ちょっとオマケ)
(-★ … 論外)
(★?…採点不可能)
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『くだらないロマンス』★★ [韓国映画]
原題『쩨쩨한 로맨스』★★
(2010年度/韓国一般公開日2010年12月1日)
英訳題『Petty Romance』
邦訳題(DVD題名)『くだらないロマンス』
勝手に題名を付けてみました
『しょーもないロマンス』

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(あらすじ)
チョンベ(=イ・ソングン)は画力こそ高いが、ストーリー作りの才能がいまいち。
出版社に新作の評価を聞きに訪れるが、そこで自分の原稿がひどい扱いを受けている様子を見て逆切れしてしまう。
その夜、漫画家仲間と飲みながらこれからについて話し合うが、話せば話すほど情けない方向に陥るだけだった。
一億三千万ウォンの賞金が掛かったアダルト向け作品のマンガ・コンペに打って出るべく、原作者募集を始めるチョンベだったが、やってくるのは勘違いな連中ばかり。
雑誌のセックス・コラムニストと自称するタリョン(=チェ・ガンヒ)を採用するが、テンションこそ高いものの、彼女は誇大妄想のトラブルメーカーだった。
現実と創作が混同するタリョンに悩まされるチョンベ。
だが、タリョンはタリョンでプライベートで切実な悩みを抱えていた。
チャンべはタリョンの突飛な想像力と行動に振り回されながらも、彼女の純粋な面を見出してゆく。
やがて二人は恋に陥るが…
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サイゴウ
「下ネタ連発のどうしようもないセックス・コメディかと思いきや、意外に真面目な人間ドラマだったな。おちゃらけは控えめだし、軽薄な映像テクにも走っていない。主演の二人もなにげで適役、きちんと仕事をこなしているから、結構オススメの映画かも」
サカモト
「大衆向けのB級に見えつつも、本質は地に足がついた作品かもしれません、この『くだらないロマンス』もまた、賢い新人監督が方便で馬鹿な映画のフリしているだけかも」
サイゴウ
「いや、ここ数年、韓国のコメディはかなり洗練されて巧妙な作品が増えているから、そうとも言い難い。ただ、日本人がそれに気がついていないだけで騙されているだけなのかもよ。この『くだらないロマンス』を撮ったキム・ジョンフンの演出には、正統派のドラマやらせても、それなりにいい作品を作りそうな職人的センスを感じた」
サカモト
「漫画界や、セックス・コラムニストといった、いわば韓国アングラカルチャー業界を描いていたことも非常に面白かったですよ。映画の冒頭、主人公のチョンベが出版社に自分の作品がどうなったのか見に行って、そこで直面する現実って、笑っちゃうけど、笑っちゃいけない真実がかなり含まれていたんじゃないでしょうか。日本でもよく耳にする【漫画家残酷物語】を連想させます」
サイゴウ
「韓国の漫画家は、日本よりも待遇が恵まれていないし、社会的地位も低いから尚更だろう。だから、主人公チョンベって、なぜか、いい生活していたりするところや、描いていることになっている劇中漫画も【そんなに上手いのか?】という疑問も同時に感じたけど、そもそも韓国と日本では、金銭の流れやマンガのスタイルが違うから、とりあえず細かいことは言わないでスルーしよう」
サカモト
「この映画の見所のひとつは、タリョンの脳内妄想を描いたアニメーションでしょう。演出的にはしつこくて、適正な使い方とは言い難い気もするんですが、アニメーション自体は上手いし、実写との合成も丁寧。だから、映画評とは別に【なんでこういう器用で上手な部分が、韓国アニメーション作品じゃ、さっぱり活きないの?】という、毎度おなじみの疑問も浮かび上がってきます」
サイゴウ
「でも、それって韓国の漫画やアニメがなぜ、企画や演出、オリジナルの部分でいつまで経っても日本の後塵を拝しているのか?という問題を、偶然かもしれないけど暗喩しているようにも見えたな。なにせ、画力のある漫画家が、他人の企画力を当てにしようとする話なんだから…」
サカモト
「キャストも意表を突いていますよね。イ・ソンギュンがこういう企画に出るとはちょっと思わなかったです。彼は何やらせても、そつなくこなしちゃう俳優なんで、別に驚くほどのことではないんですが、やっぱり観ていて安心感がありますね。【絶対余計なことはやらない】みたいな…」
サイゴウ
「監督する側にとっても、彼は役柄を安心して委ねられる俳優だと思うよ。表情に乏しいからコメディ不向きに思えるけど、ホン・サンスの『オクヒの映画』を観ればわかるように、真面目な二枚目よりも、二枚目半くらいの方が似合う俳優なのかもしれない」
サカモト
「彼が演じるチョンベって、チリチリ頭にチョビ髭、痩身痩躯と、まるで『カウボーイビバップ』のスパイク・シュピーゲルか、『勇者ガオガイガー』の猿頭寺耕助にそっくりだったりするんですけど、スタッフ側のお遊びだったら楽しいですね」
サイゴウ
「彼に対抗するヒロインが、この手のコメディ定番女優ともいえるチェ・ガンヒなんで、期待していなかったんだけど、いつもと違って個性押さえ気味で、予想外によかったよな。彼女のことを【可愛い】とか【綺麗】なんて今まで一度も思ったことはなかったんだけど、今回はちょっと違った。彼女の武器でもあり弱点でもあった【わざとらしすぎる個性】が、ぐっと内面的な方向に向けられていたので、一瞬、彼女だってことを忘れてしまったこともあった」
サカモト
「監督のキム・ジョンフンは、彼女の個性派ゆえの弱点を抑える演出をすることで、表に出にくかった彼女の別の良さを引き出したんじゃないでしょうかね。それにいつものチェ・ガンヒだったら、イ・ソンギュンとのコンビネーションが、うまくいかなかった可能性は高いと思います」
サイゴウ
「でも、お下劣ネタはお約束通りやってくれるから、韓国の観客も大満足だろう。露骨なうんこネタをあそこまでしつこくやっても、女優としての格が落ちないのは、やっぱり【女優チェ・ガンヒ】という存在の確固たる素晴らしさだね」
サカモト
「あのギャグは、あまりにストレートなんで、日本の観客から敬遠されそうな部分なんですが、状況がリアルでもあり、韓国映画だからこそ許された、最大の見所かもしれません。昔の日本のピンク映画みたいなギャグですけど、売れっ子の若い女優が、メジャーな作品であえてそれを引き受ける、そしてそれをやらせた監督の勇気は評価したいです」
サイゴウ
「最後はご都合主義なハッピーエンドかもしれないけど、抱き合う二人を捉えたカメラが徐々に離れてゆき、ロング・ショットになった時に映し出される風景が、素敵なオチへと繋がるところも憎いよね。あそこら辺は、監督の映画的サービス精神というか、センスの良さを感じた」
サカモト
「日本じゃ、馬鹿にされてオシマイの、純韓国式ラブコメかもしれませんが、ベタに見えながら如実な進化を遂げている韓国コメディ映画の一つとして、こういうジャンルを見直す、きっかけになれば嬉しいんですけどね」
『マイ・ウェイ 12000キロの真実』★ [韓国映画]
原題『마이웨이』★
(2011年度/韓国一般公開日2011年12月21日)
英訳題『My Way』
日本公開時題名
『マイ・ウェイ 12000キロの真実』
(日本一般公開日2012年1月14日)

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(STORY)
※どういう映画か、イメージが浮かびにくいと思うので、今回はちょっと長く書かせていただきました。
1928年、朝鮮半島の首都、京城。
日本軍憲兵隊司令官、長谷川(=夏八木勲)の元に、医者の父親(=佐野史郎)に連れられて孫の辰雄(後のオダギリジョー)が日本からやって来た。
長谷川の家で働く使用人キム(=チョン・ホジン)の息子、ジュンシク(後のチャン・ドンゴン)が遊び相手としてあてがわれるが、瞬時に二人は相手をライバルと見なし、駆けっこを始める有様だった。
だが、それから数年後、屋敷で行われた宴会の席で抗日テロリストの爆弾によって長谷川司令官が爆死したことから、二人の運命は暗い方向に進み始める。
1938年、二年後に開かれる東京オリンピックへの出場予選を兼ねたマラソン大会が京城で開催されることになった。
日本代表として本命視されていたのは辰雄だったが、地元の注目は圧倒的に俊足の車夫として評判のジュンシクに向けられていた。
だが、レースの最中、ジュンシクは日本側の陰謀で妨害に遭い、辰雄が優勝したことから、抗議の大暴動が起こり、ジュンシクを含む加担した地元男性全員が徴兵され、満州の最前線に送られてしまう。
それから一年後。
満州の僻地で日本兵(=山本太郎)らに「チョーセンジン!」と毎日罵られ、ひどい差別を受けながら、屈辱的な兵隊生活を送るジュンシクとチョンデ(=キム・イングォン)たちだったが、ある日、第一次ノモンハン戦が起こり、日本軍は壊滅に近い打撃を受けてしまう。
生き残ったジュンシクたちは基地へ戻る途中、女性の中国人狙撃兵(=ファン・ビンビン)に狙われる。
死闘の末、彼女を捕らえて捕虜として連れ帰るが、新しい司令官として部隊に赴任してきたのは、あの辰雄だった。
辰雄は人道主義の先任司令官(=鶴見辰吾)をその場で二等兵に降格、切腹・斬首させた後、厳しい訓練と大和魂の訓示をジュンシクたちに強要する。
辰雄のひどい仕打ちに耐えかねたジュンシクたちは一斉に反抗するが、収監され、ひどい拷問を受ける。
処刑前夜、仲間の手引きの元、一緒に捕らえられていた中国人狙撃兵と共に脱出を図るジュンシクたちだったが、平原で彼らを待ち受けていたのは、ソビエトの大機甲師団だった。
中国人狙撃手はソビエト軍のI-16と相打ちになり、ジュンシクは基地に戻ってソビエト軍奇襲を伝えようとするが、時既に遅く、圧倒的な戦力差で日本軍は追い込まれ、なんとか生き残った辰雄とジュンシクたちは捕虜となり、汽車でシベリア送りとなってしまう。
過酷な収容所生活で、毎日、日本兵たちが死んでゆく中、ソビエト側に寝返り、権力を振り回していたのは、あのお調子者のチョンデだった。
彼はこれぞとばかりに日本人を虐待し、焼かれる日本人の遺体を見て喜んでいたが、同じ民族には親切だった。
しかし、独ソ戦が始まったことから、再び運命は急転する。
役に立たない日本兵捕虜たちの処刑が行われる日、ドイツ軍の電撃戦に翻弄されたソビエト軍は、急遽、日本兵たちをソビエト軍に組み込み、ドイツ軍の機関銃砲火の前に立たせる。
敵味方の銃弾で仲間たちが次々死んでゆく中、弱って動けない辰雄を庇って廃屋に隠れたジュンシクは、進撃してきたドイツ軍に助けを求めるが、言葉が通じず、辰雄を残したまま、捕虜として連行されてしまう。
それから三年後の1944年、フランスのノルマンディー海岸。
一命を取り留めた辰雄は、ドイツ軍外人部隊として、要塞の整備に携わっていた。
カレー港への連合軍上陸が噂される中、ノルマンディーでは比較的平穏な日々が続いていた。
海岸で一人トレーニングを続ける男を目撃した辰雄は、彼が三年前に生き別れになったジュンシクであることに気が付く。
再会を果たす二人だったが、ジュンシクは前の戦いで聴力を失っていた。
日本に向かう船の情報を得た辰雄は、ジュンシクに脱走を持ちかけるが、皮肉なことにその日、連合軍のノルマンディー上陸作戦が始まる。
連合軍の猛攻の中、なんとか海岸線から逃げ出す二人だったが、彼らを待っていたのは、更に予想を超える運命の悪戯だった…
実話をヒントに、日朝二人の男たちの友情と憎しみ、そして民族の壁が生む悲劇を描く歴史大作。
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サイゴウ
「韓国映画界・外様大名の雄、カン・ジェギュ監督約七年ぶりの新作ということで、色んな意味で興味津々だったし、話題作ではあったんだけど、公開されると、あまりにもトンチンカンで、支離滅裂な内容、残念ながらファンの期待に沿った作品であるとはとてもいえない作品だったな。高く評価できる点もあるけど、手放しで誉め称える人の方が珍しいと思うよ」
サカモト
「製作中からシナリオが色んなところにバラ撒かれていたらしく、【なんか変な話の映画だぞ】といった噂は聞いていましたが、確かにその通りだったかもしれませんね」
サイゴウ
「元ネタになった話自体は十分あり得ることだし、それを映画にしてしまう実行力はカン・ジェギュだからこそだと思うので、そこら辺はオレ的にすごく尊敬しているんだけど、本当だったら日本主導でやって欲しかった企画だな。50年位前の日本映画界だったら、やろうとしたプロデューサーや監督はいたと思うよ。極東の人間がノルマンディー戦を描こうとする事も奇想天外・荒唐無稽に見えるが、そういう発想が無くなっちゃった日本の方が、問題だと思う。今だったら、アニメですら、こういう企画を誰もやろうとしないんじゃないかな」
サカモト
「でも、かといってこの『マイ・ウェイ』を肯定的に庇護することは、厳しいと思いますよ。大変な労作であり、パッションを感じるからこそ、ひどいスカスカぶりや、詰めの甘さが一層目立ってしまうことは否めません。なにせ145分の上映時間の間、【バリバリ、ドッカーン】【逃げて、捕まって】、【バリバリ、ドッカーン】【逃げて、捕まって】の繰り返しばっかりで、それ以外、なーんにも印象に残らないんですから」
サイゴウ
「一番の失敗はやっぱり、前作の『태극기 휘날리며/ブラザーフッド』から、かなり間が開いちゃったことだろうな。それまで、カン・ジェギュは本命ともいえる大作の準備を幾つかしていたはずなんだけど、どれもうまくいかず、あて馬的な企画にしか見えない『マイ・ウェイ』を作らざるをえなかった、ってことなんじゃないだろうか。カン・ジェギュ側からすれば、韓国や日本、中国を通り越して、ハリウッドから攻めることで一挙、世界覇権をやろうとする野望があったんじゃないかと思うんだけど、それが無駄な遠回りになってしまったような気がする」
サカモト
「カン・ジェギュの世界観って、映画少年が抱く夢を、韓国人ならではの感性を維持しつつ、ハリウッド・フォーマットでやってのけるという、ある意味、とても理想的なものでもあると思うんです。だからこそ、『シュリ/쉬리』や『태극기 휘날리며/ブラザーフッド』は韓国映画としてはエポックとも言える観客の熱い支持を受けたと思いますし、逆に映画人からは妬みと反感を受けたと思うんですよ」
サイゴウ
「それに、日本じゃ、やりたくてもできない映画の典型だし。だからこそ、『シュリ/쉬리』も日本で妬まれたり羨望されたりしたんだろう。オレはカン・ジェギュって人が、ホント、娯楽映画を作る才能に恵まれすぎている人だと昔から思っていたし、なによりも【やりたいことをとにかくやっちゃう】という一貫した信念をいつも感じさせるところが凄く好きだった。だけど今回の『マイ・ウェイ』は、最初から最後まで大きな迷いが感じられたし、歯切れが悪かった。【孤高の重戦車カン・ジェギュも、遂にガス切れ、オイル切れで、なんてことない路端の溝に遂にハマってしまったか】と悲しくなったよ」
サカモト
「シナリオ的には、なにやら見切り発車しちゃった印象がありましたよね。描きたいイメージはどんどん湧き出てくるのに、肝心の物語が追いつかず、やればやるほど、実話ネタと遊離してしまい、まとまらない。そして映画は長すぎるブツ切りなパイロット・フィルムみたいになってしまった…上映時間が4時間くらいあれば、もっとよかったのかもしれませんけど」
サイゴウ
「極東の一兵士が、流れ流れてノルマンディー戦で連合軍の捕虜になっちゃう、っていうのは当時を思えばありえる話だし、一見魅力的なんだけど、やってみたら映画になるような話じゃなかった、っていう典型かもな。単に受身で流されて、運がやたら良かったからここまで来ちゃったみたいな。それこそ、TVのバラエティー枠10分程度で語れちゃう内容って感じで。そこら辺の弱さを補填すべく、日朝のマラソンを巡る二青年の愛と憎しみの物語が組み込まれたのかな?と思って観ていたんだけど、ここら辺のエピソードがこれまた面白く無い、っていうか、なんだか必然性がないんだよな。マラソンのシーンはとにかく凡庸でつまらない。そしてなによりも、映画のキーになるはずだった主人公二人が信じられないくらい軽薄で空っぽだ。ちょっと、ひどすぎるくらいだ。二人は【マラソンのライバル】でどーのとか、こーのとか、余計過ぎる蛇足なエピソードにしか見えなかった」
サカモト
「そもそも、この二人、ライバルですらないですよ。しかも友情があるとは、とても思えない。それなのに急にジュンシクは辰雄を命を賭けて守り始める。でも、そこに至る心情や理由が全く見えてこないから、すごく不自然で唐突だったりする。普通なら人の心理として逆の行動を取ると思うんですよ。だからか、韓国じゃ【ゲイ・ムービー】なんて揶揄する声もあるらしいですし」
サイゴウ
「いっそのこと、【二人はゲイ】って設定でやっちゃえば、映画はもっと、まとまったんじゃないだろうか。もちろん現実的にそれは無理だけどね。そこら辺もまた、韓国映画の限界なんだろうな。全く説得力のない二人のドラマに代わって、日朝をまたぐ複雑な関係を担っていたのが、実はキム・イングォン演じるチョンデだったんじゃないのかな。観客としてはジュンシクとよりも彼の行動のほうが遥かに自然だよな。結局『マイ・ウェイ』本当の主人公は、チャン・ドンゴンでもオダギリジョーでもなく、脇役のキム・イングォンだった、というヤツ」
サカモト
「キム・イングォンは相変わらず芝居がうまいですもんね。日本語のセリフも実にこなれていて、チャン・ドンゴンより遥かに自然だったりするから、存在がますます説得力を持ってしまう…」
サイゴウ
「外国語のセリフが【上手い、下手】については、あれこれいうべきではないんだが、『マイ・ウェイ』は日本語のセリフが他の韓国映画以上に重要だから、作品の良し悪しに繋がっちゃうことは否めない。チャン・ドンゴンの場合、どうしても『ロスト・メモリーズ/2009 로스트 메모리즈』の頃と比較しちゃうので、キャラクターの薄っぺらぶりと共に、一向に上手くならない不自然な日本語が気になってしまった。あれなら、全編韓国語にした方が、興行的に、もう少し上手くいったと思うんだけどな。まあ、カン・ジェギュのこだわり精神からすれば、それはあり得なかったんだろうけど」
サカモト
「韓国語よりも日本語、そしてロシア語、ドイツ語に英語、中国語が映画の中で使われていたことも、韓国内の支持を得られなかった原因の一つだったんじゃないでしょうか。結果、どの国の観客が観ても、違和感抱いちゃうという半端さ」
サイゴウ
「そこら辺の処理の仕方は、ハリウッド映画はうまいよな。映画で言語は大切かもしれないが、それに踊らされるべきではないし、言語的リアリティと、視覚的リアリティって、やっぱり違うと思うよ。韓国映画なのに、韓国語字幕が画面で乱舞するのは、韓国の観客にとって、うっとおしいだろうし…」
サカモト
「日本人の扱いも、相変わらずの【韓国式スタンダード】って感じですよね。かなり公平に、客観的にアプローチしていたとは思うんですけど、根っこは結局、よくある正体不明の【巨悪ニッポン】という虚像だったりします」
サイゴウ
「あれって、今の時点で韓国映画で描くことが出来たギリギリの客観的日帝像であり、日本人像だったんじゃないだろうか。しかも、カン・ジェギュという、独立独歩の大物アウトサイダーの作品だったからこそ、あの程度で済んだと思うし、ああやらないと韓国側や中国側の投資と興行の面で大きな障害になるという現実的な問題もあるだろうし…その点、日本側は表立って文句いわず、黙殺って感じになるだろうな」
サカモト
「日本語のセリフや日本人の描き方については、おそらく日本人スタッフが大きく関与していたと思うんですけど、他の作品よりも、やたらと【この朝鮮人め!】【天皇万歳!】といった、韓国人にとってお馴染みの【我が民族にとって屈辱的な日本語】連呼がやたら鼻についたので、久々に【ちょっとなー】とは思いましたね。前はここまでひどくなかったと思うんですけど…」
サイゴウ
「いくら日本人と日帝が物語で重要な役を占めるといっても、韓国映画だから、それは仕方ないわな。オレがもし、この映画のスタッフだったら、韓国側に怒って降板するか、黙って従うかしかないだろうな。それに【反日志向】の日本人が絡んでいたのかもしれないし。それって、韓国映画界じゃ、ありうることだろう?皆、生活してゆかなければいけないから、そこら辺は、あんまり責めたくないけどさ…」
サカモト
「日本人のキャスティング・ディレクターを設けて、名の知れた日本人俳優を起用していたことも、カン・ジェギュらしいこだわりだったと思うんですけど、彼らが完成した映画を観てどう思ったのか、本音も聞きたいですね。おそらく【ビジネス】であること以上に、【日韓関係の将来を想って】参加してくれた人もいたと思うんですけど、中には【志を利用された】と感じた人もいたんじゃないかと…日本人俳優の名前については、マトモに発表されていませんから、なにか裏取引があったんじゃないかと勘ぐってもしまいます」
サイゴウ
「それは、韓国の一般人が基本的に彼らのことを知らないからだと思うよ。そして、日本の俳優は、日本人の描き方に問題があったと感じても、【外国の作品だから】という理由で、絶対文句は言わないだろう。でも、むやみやたらと【朝鮮人!】を連呼して現地の人間を虐待し、なにかにつけては【天皇万歳!】を口にして不条理を無理強いするだけで、後は紋切り型の人道主義者が出てくるだけの【悪しき日本人像】の執拗な描写は、やっていて決して気持ち良くなかっただろうとは思う。でも、逆にベタで不自然な【友情】や【愛】を連呼するよりも、『マイ・ウェイ』みたいな方が、日韓の間に横たわる現実が描けていたのかもしれないし、当時の過酷な状況を描き得た、という解釈もできると思うから、オレ的には韓国映画であることを考えれば、全否定は出来ない部分もある。日本人として無抵抗に肯定すべき必要はないけれど、韓国側の事情も踏まえて解釈する余地はあると思うから、そこら辺を無責任に騒ぎ立てるのもどうだろうか」
サカモト
「差別主義者の日本兵を演じるのが山本太郎だったのは、何か韓国側の政治的意図があったんでしょうかね?」
サイゴウ
「確かに、あそこら辺は日本に近いスタッフが【余計な入れ知恵をした】と言われても仕方ないかもな。でも、俳優だって、一個人なわけだから、政治思想について自由であるべきだし、それを外野の第三者がとやかくいうのもなんだろう。それよりも、日本に好意的であっても公に言えない韓国芸能人の方が立場は厳しいだろうし。でも、山本太郎が演じる役を観てずっと思っていたんだけど、あれって本当は【韓国人による韓国人批判だったのでは?】ということ。だって、山本太郎の役を韓国人にすげ替えて、【朝鮮人!】を【チョッパリ!】だとか【ウェノム!】だとか、その他モロモロ日本人蔑視の言葉にすげ替えちゃうと、実に韓国人らしいキャラクターになっちゃうだろ?」
サカモト
「そういえば、キム・イングォン演じた日和見主義の兵隊も、どちらかといえば、韓国人の方によくいるタイプのような気も…」
サイゴウ
「あれは、どこの国にもああいう輩はいるという、普遍的な人間像を象徴しているのであって、カン・ジェギュが『マイ・ウェイ』で求めた人の公平さだったとは思うよ。なにゆえ『マイ・ウェイ』において真の主役がキム・イングォンだったかと考える理由は、あのチョンデのキャラこそ、国や文化を超えた一番ナマでリアルなキャラだった、ってことが、大きいんだけどね」
サカモト
「個々のキャラもそうなんですが、各国の描き方も相変わらずの【韓国式スタンダード】だったと思います。韓国映画だし、日本や中国での興行目的が大きいので仕方ない部分ではあるんですけど、もう少し唯物論的な冷徹さがあってもよかったんじゃないかと。せっかく複数の国家や民族が激突する話なワケですから。中国に対してはとにかく当たり障りなく、ドイツに対してはなにやら過剰なリスペクトぶりを隠さずと、これまた一種のコンプレックス丸出しに見えなくもない…」
サイゴウ
「そこら辺は韓国映画界のインテリたちが抱える矛盾とのせめぎ合いではあるんだけど、日本と韓国=朝鮮の関係をテーマに据えて、なるべく公平に描こうとしている段階で、既に一般的な韓国映画として相当無理をしているわけだから、そこに中国やらソビエトやらドイツに対する深いドラマを組み込んじゃうと、映画は更にまとまらなくなっただろう。だから、これはこれで、現時点における韓国映画国際化の限界、BESTだと解釈した方が健康的だと思うぞ。ただ、第2次世界大戦という歴史の大きなターニングポイント、そしてマクロとしての現代史を描く上で、いつまで経っても「主役の一人」「勝利者の一人」として語られることがない韓国側が抱える、「オレたちをもっと注目しろ!」みたいなコンプレックスは、この『マイ・ウェイ』から、かなり感じたけどな。逆に日本はそういうことに無頓着すぎるけど…」
サカモト
「でも、そういうコンプレックスがあったからこそ、韓国はここまで飛躍したと思いますし、日本は停滞しちゃったのかもしれませんけどね。そこら辺、日本人としては、痛し痒しですが」
サイゴウ
「この『マイ・ウェイ』を戦争もしくは歴史映画として観るならば、注目すべき点はノモンハン戦を正面から描いたことだろう。もちろん、史実的に言えば中途半端だし、見せ場を作るための道具でしかないとも言えちゃうんだけど、ここまで大々的に描いたことは、日活の『戦争と人間』以来だったんじゃないかな。しかも、考証については遥かに正確で、日本映画でもここまでまともに描いたことはないと思う」
サカモト
「驚くべきことは、BT-7やBA-10を模した車両が実写で大量に登場し、CGIだけどI-16が空を飛んでいたことです。今だから出来ると言っちゃえばそれまでなんですけど、独ソ戦でも三号戦車モドキや、戦後型だろうけど、ハーフトラックも出てくる。ここら辺は『シュリ』辺りから顕著だったカン・ジェギュのミリタリーオタクぶりが冴え渡っていたんじゃないでしょうか。でもそれだけじゃなく、戦場の残酷な場面を誤魔化さないで描く姿勢も相変わらずですから、シーンだけ抽出していえば、戦争映画としてはかなり優れていたと思います」
サイゴウ
「日本軍の軍装も、車両を含めて、なかなかいい雰囲気だったしね。細かいことを言えば変なところもあるんだろうけど、今の日本映画じゃ、ここまでやらせてもらえないだろうな。でも、日本側の戦車が一両たりとも出てこないところに、リアルな製作事情が出ちゃってもいた」
サカモト
「そこら辺って、プロップを用意する会社の事情そのものですからね。せめて九五式軽戦車ぐらい出ていれば、とは思いましたけど…さて、そろそろ話をまとめたいと思いますが、総論としていかがでしょうか」
サイゴウ
「力作だけど失敗作。迫力はあるけど退屈、そして人間ドラマがペラペラなので、感動も無い。やっぱり、企画としての詰め方が甘かったと思う。ノモンハン戦を見せ場の一つに持ってきたことや、あえてノルマンディー戦を描いてみせたことは、今の韓国映画だからできたこととして高く評価したいけど、【日本】という事象に対しては、韓国側の歴史的アプローチの限界でもあったように思う。ラストはその最たるものの一つで、韓国嫌いの日本人からすれば、屈辱に感じる人もいるだろうな。でも、オレ的にはあれはありうることだと思うので、カン・ジェギュらしいサクリファイス的展開が、オチとしての感動に繋がらなかったことが至極残念だった」
サカモト
「5時間くらいのTV版として再編集できるなら、今回公開された【ダイジェスト版もどき】じゃなくて、【完結した作品】として救済できるのかもしれませんけどね。ロシアからノルマンディーまでの三年間、何があったのか、誤魔化されてしまった部分をなんとかして欲しいです」
サイゴウ
「そこら辺を補って、再編集できる素材があるのかどうかは知らないけど、かつての『武士/무사』なんかに通じる【モッタイない感】が、この『マイ・ウェイ』にもあるわな。『マイ・ウェイ』を劇場で観ることについては、あまりオススメできないんだけど、吹き替え版をTVで観ることについては、結構イケるかもしれないから、その場合は、ちょっとお薦めしてもいいかもしれない。映画ファンとしてはそこら辺、複雑なんだけど…」
サカモト
「願わくば、日本側からも、こういう硬派に日韓関係を見据えた企画が出てくることを希望したいです。やっぱり、今もこれからも、日本と韓国の間には緊張があって然るべきですし、それが自然な姿だと思うんですよ。それらを【韓流】みたいなイメージで隠匿して、夢やファンタジーで誤魔化しちゃうよりも、『マイ・ウェイ』のような物語の方が、志として正しいんではないかと」
サイゴウ
「でも、それで客が来るか、どうか、っていう深刻で大きな問題はあるけどな…そもそも【韓流】に踊らされている人たちが、こういう映画にこぞって来るとは思えないし、普通の映画ファンにすれば、なにやら胡散臭くて【劇場まで観にゆくのはどうかなぁ】っていう印象は否めないからね。やっぱりあくまでも【これは韓国映画だ!!日本に妥協なんかしない!】という一貫した主張がこれからも大事だと思うんだけど…」
『レインボー』★ [韓国映画]
原題『레인보우』★
(2010年度/韓国一般公開日2010年11月18日)
英訳題『Passerby #3』
邦訳題『レインボー』
勝手に題名を付けてみました
『息子と私が進む道』

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(あらすじ)
チワン(=パク・ヒョニョン)は、口数少ないが理解ある心優しい夫サンウ(=キム・ジェロク)に支えられながら、プロの映画作家を目指していた。
だが、会社を辞めて家事も放棄し、すべてを優先させて創作に打ち込んでも、お金にならない。
中学生の一人息子チヨン(=ペク・ソミョン)は、そんな母親の姿が面白くない。
彼は学校ではバンドをやっているはずだったが、実はいじめられっ子でもあった。
一方チワンは、女性プロデューサー、チェ女史(イ・ミヨン)支援の元、シナリオの映画化に向けて作業を進めるが、スランプに陥る。
最初は理解ある態度を示していたチェ女史も、やがて本性を現し、チワンを陰湿に攻め立て始めるのだった。
ある日、『レインボー』という企画が閃いたチワンは、躍起になってそのシナリオを書き上げようとするが、スランプはひどくなるばかり、現実と想像が頭の中で混ざり合い、混濁して行く。
そんな折、チヨンが学園祭でライブを開くことになる。
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サイゴウ
「2010年度に公開された、あまたある韓国インディーズ作品群の中で、最も評価が高かった、っていうのが、この『レインボー』なんだけど、そんなに絶賛するほどよかったのか?オレにはよくある、自分の周りを描いただけの【ワンパターン韓国インディーズ】にしか見えなかったけどな」
サカモト
「出来は決して悪くないと思いますよ。全体的に落ち着きがなくて、テクに走りがちなところはありますが、画面構成は非常にうまいものを感じましたし、映画のテーマから各シーンも浮いていませんから、監督のシン・スウォンってクリエイターは、いいセンスを持った人だとは思いましたけど」
サイゴウ
「たしかに、お軽い作品に見えつつも、シビアな現実であがく中年女性と息子のドラマはちゃんと地に足がついて描けてはいた。それに、ここ十年くらいの【韓国製エンターティメントは銭になる】というブームの暗部もきちんと描いている。でも、この作品で描かれた家族の悲喜劇って、あまりにもインディーズ的な内輪受けの世界だから、やっぱりワンパターンで興味を惹かれないだよな。【自分のよく知っている世界を描く】っていうのは新人監督定番のやり方であり、手堅い戦略ではあると思うんだけど、【またこれかよ】感はどうしても免れないし、私小説的物語って、面白そうで面白くならない、ってことを、はたまた地でやっているようにしか見えなかったけどな」
サカモト
「でも、日本で人気のあるヤン・イクチュンのデビュー作『息もできない』だって、ネタこそ違いますが、この『レインボー』と、根っこでは共通した因子を持つ映画だったんじゃないか、とも感じましたけどね」
サイゴウ
「『息もできない』が、日本でこんなに絶賛されるとは、韓国公開当時想像もできなかったけど、『レインボー』の場合は、そうはいかないと思うけど。だって、『レインボー』には『息もできない』が持っていた、不器用だけどパワフルな【映画の匂い】が希薄だからだ。『レインボー』も熱意ある作品には違いないけど、韓国映画界を韓国人として、どこか見放しているところもあるから、【リアル韓国】に実感ない人には、ちょっとピンと来ないんじゃないの?単発のテレビドラマとしてだったら、それなりに評価されそうな気もするけど」
サカモト
「しかしながら、チョろっと才能があって、これまたチョろっと幸運の女神の前髪に触れてしまったばかりに、家庭を崩壊寸前にまで追い詰めてしまい、自らをも隘路に追い込んでしまう主婦チウォンの姿って、とてもリアルで正直な作り手側の等身像だったと思うし、その脆い夢にすがり続ける様は、無残です。それゆえ、映画界志望の人たちに対する【経験者からの警句】にも見えるし、逆説的な【応援歌】にもみえる…」
サイゴウ
「そういう解釈もできるわな。主婦やりながら、シナリオライター目指している人や、サラリーマン辞めて自分の夢を追い求めようとする人には、共感しやすく、わかりやすいかもしれない。インディーズ系がどうしても陥りやすい【身の回りネタ+映像テク依存】という映画スタイルにも関わらず、観終わると、ショボイ現実感一杯なところも、ありそうでなかった優れた点かもな。でも普遍性はないよ」
サカモト
「そうかもしれませんけど…内容は非常に現実的ですけど、どこか世間場離れもしていて、ファンタステックな趣がある作風は『子猫をお願い』のチョン・ジェウンを連想させますし、ひねたユーモアは『飛べ、ペンギン』のイム・スルレのようでもある。紋切で乱暴な言い方ですが、現代韓国人女性監督らしい作品だと思いますよ」
サイゴウ
「でも、それだから【またこれかよ】みたいなデジャブ感ありありで、オレ的にはノレなかったんだよ。でも、ヒロインが家庭崩壊の現実に直面しても立ち向かわないで、どんどん脳内逃避しちゃう優柔不断な様は、女性だからできたのかもしれない。ヒロイン付きのプロデューサーの描き方も、異様にリアルで秀逸だったな。これって、絶対に実在するモデルがいて、シン・スウォン監督が恨みつらみを叩きつけて描いたキャラだったんじゃないのか?」
サカモト
「こんなこといっちゃうとまずいんですけど、現場の女性プロデューサーってあんな人が多いんじゃありません?特にこの作品では、女性同士の関係ですから、その陰湿さやヒエラルキー差別が際立って見えて来てしまうという…」
サイゴウ
「それに比べると、他の男性連中なんて、まるで救いの神みたいだもんな。みんな無責任だけど。オレは私小説的なネタを映画でやっちゃうことに、あまり賛成じゃないんだけど、インディーズ映画界もまた、ショボい夢のない現実にしか過ぎない、ってことがよくわかる作品であることは認めるよ」
サカモト
「出演している俳優で最も有名なのは、チウォンの夫演じたカン・ジェロクくらいなんですが、彼の扱いが非常にあっさりしているのは、印象的でしたね。でも、彼が演じる役は、本当に妻に理解がある夫なので、羨ましい限りです」
サイゴウ
「でも、その分、息子のチヨンがトバッチリを喰う訳だ。彼は不良にもなれず、バンドやってもブッ飛べずで、悲惨だよな」
サカモト
「でも、それだからこそ、微妙な母子の断絶が描けた訳で、最後の微妙なハッピーエンドにも繋がったんでしょうけど」
サイゴウ
「オレにとってはやっぱり【よくある韓国のインディーズ】という枠を全然超えていない凡庸な作品にしか思えないんだけど、そうやって【微妙~、微妙~】で攻めてゆくと【微妙~】に優れた映画だったのかなぁ?」
サカモト
「日本で上映するなら、シン・スウォン監督と同世代の人たちに観てもらった方が、作品の本質に迫る評価をもらえるかもしれませんね。中学生の親御さんなんかにも【微妙~】に受けるかもしれません」
『愛の活動、その耐久性』★ [韓国映画]
原題『사랑활동의 내구성』★
(2010年度/韓国一般公開日2010年11月4日)
英訳題『Our Happy Ending』
邦訳題『愛の活動、その耐久性』※
※直訳は日本語としてすわりが悪いので『愛の活動、その耐久性』としました。

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(あらすじ)
チュンスン(=ハン・テス)は父親との死別をきっかけに、離婚した母ソンジャ(=チョン・ソヒョン)の店を手伝っていたが、先の見えない生活に絶望を感じていた。
母親の元を出たチュンスンは、学生街で日式居酒屋を営むシング(=チェ・ムイン)の下で働くようになるが、二人は心の奥底で強く惹かれ合う。
だがチュンスンは、店を訪れたかつての友人に、男の愛を告白されたことに衝撃を受け、苦しむ。
同じ店で働くヘス(=ホン・スナ)は、チュンスンに夢中だったが、彼がそんな悩みを抱えていることなど知る由もなかった。
シングとソンジャは小学校の同級生だったことが判明し、二人は酒の勢いで肉体関係を結んでしまう。
シングとチュンスン、ソンジャにヘスと、複雑な愛の関係は、どんどん混沌とした状況に陥ってゆく。
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サイゴウ
「オレとしちゃあ、こういう低予算、ビデオ撮りの作品であっても、真面目に自分の姿勢を貫こうとする姿勢の作品なら応援したいんだけど、一般観客でもあるから、正直、観ていて忍耐に限界が来そうになることがある。『『愛の活動、その耐久性』』は、残念ながら、まさにそれ」
サカモト
「映画作家としてやって行けるか、商業作品のプロ監督としてやって行けるか、その明確な境はないと信じたいんですけど、前者は身の周りのしょぼくてつまらない事柄を、どう面白おかしく見せることができるか、という才能であり、後者は自分がよくわからないことでも、説得力のある感動的な大ウソがつけるか、っていうことなのかもしれません。しかし『『愛の活動、その耐久性』』はどちらにも当てはまらずで、将来性が見い出せませんでした。残念ですけど…」
サイゴウ
「すごく真面目な作品だし、ユーモアも織り込んでいるし、ワンパターンだけど韓国の家族や、社会の問題を正面から描こうともしている。おそらく、作り手の実体験ネタなんだろうけど、日式居酒屋の裏側を、それなりに描写しているのもちょっと目新しかった。でも、ただ【それだけ】であって、驚きも魅力もない。よくいえば可でも不可でもない、【悪くない】の一言で忘れ去られちゃうレベルの作品。それに【映画】というには、あまりにもすべてが貧弱だ」
サカモト
「面白いものが作れるかどうか、という問題は、製作環境の問題も大きいので、こういう作品を、簡単に切り捨てたくはないんですけど、『初恋列伝』なんかと同じで、この『『愛の活動、その耐久性』』にも、クリエイトする側の抜本的センスの欠如みたいなものを、強く感じましたよ」
サイゴウ
「監督のソン・イルソクは、この作品見た限りでは、王道の人間ドラマがやりたいんだろうな、とは感じたし、ほろっとさせる人情ドラマや、温かで繊細なユーモアを、ほどよく織り込んだスタイルを目指しているんじゃないかと思うんだけど、やっぱり、まだまだ、方向性があやふや。独立した作品を撮るのは、まだまだ早すぎた、って印象は免れない。逆にプロの助監督に向いているタイプなのかもよ」
サカモト
「作品は拙いんですけど、妙に常識的というか、大人の姿勢は感じましたからね。ビジネスライクすぎて、面白く作れない、って感じですか」
サイゴウ
「それに、キャストもちょっとなあ…調べてみると、みんなそれなりのキャリア持っているし、下手じゃなんだけど、やっぱり魅力がないんだよ」
サカモト
「チュンジュン役のハン・テスって一見、オダジョー風なんですが、それだけだし、シング役のチェ・ムインはそれなりに上手いんだけど、やっぱりそれだけなんですよね…」
サイゴウ
「女優陣は個性的すぎるというか、キワモノっぽい。別に若い綺麗どころを無理に出す必要はないんだけど、やっぱりちょっと…リアルといえばリアルではあるんだが、男優にも女優にも華がないのは、やはり大きな失点だと思うんだよ」
サカモト
「そういう出会いが人生であるか、無いかも、映画監督才覚のうちですからね」
サイゴウ
「構図の重ね方はそれなりにまとまっているけど、いくらVTR撮りでも、もう少し映像美を心がけてほしかったな。お金を払って観る側としては、やっぱり、そこが劇場で観ることの意味であり、映画としての存在理由の一つでもあるわけなんだから…」
サカモト
「心情的には褒めたいんですけど、やっぱり褒められない。そんな作品でしたね、『『愛の活動、その耐久性』』は…」
『オクヒの映画』★★ [韓国映画]
原題『옥희의 영화』★★
(2010年度/韓国一般公開2010年9月16日)
邦訳題『オクヒの映画』

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(STORY)
チンギュ(=イ・ソンギュン)は冴えない独立系の映画監督。
生活のために郊外にある大学で映画学科の講師をしていたが、つまらなくて虚しい日々の繰り返しだ。
彼の恩師であり、上司でもあるソン教授(=ムン・ソングン)もまた、大学での生活が空しくて仕方ない。
似たような境遇の二人は、時に称え合い、時に対立をする友人同士でもあったが、学生たちからは全く相手にされていなかった。
大学にはオクヒ(=チョン・ユミ)という、美人だが何を考えているのか、よく分からない無表情の女学生がいた。
スケベなチンギュは彼女に手を出すが、オクヒはソン教授とも関係があった。
やがてオクヒは二人との関係を象徴的に描いた一本の映画を製作する。
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サイゴウ
「ああ、なんて巡り合わせが悪いんだ~」
サカモト
「その訳はいかに?災難が連続して降りかかって来たんですか?」
サイゴウ
「その通り。近頃韓国に来るたびに、ホン・サンス映画を新作で観なきゃいけなかったんだから…しかも二本続けてだぞ、ああ、なんて呪われているんだ」
サカモト
「それって『HAHAHA』と、今回の『オクヒの映画』のことですね。『オクヒの映画』もそんなにひどかったんでしょうか?すごくミニマムでしたけど…キム・ギドク最近作に連続してぶち当たるより、まだましな気もしますけどね」
サイゴウ
「うーん、そういう言い方もあるけどな。でも、想定外だったのは、実はこの『オクヒの映画』が結構面白かったことなんだよ。だから困っちゃうんだ。ここ最近、ストレスが溜まっているからな~ヤバイかも」
サカモト
「それならそれで結構なことじゃないですか。たまにはホン・サンス映画を誉めましょうよ」
サイゴウ
「この『オクヒの映画』って、本当に小さな、小さな、小さな、そしてつまらない、せこい映画なんだよ。だけど、どういうわけだか、最後は感動的ですらあったんだ。まず、いままでの作品とパターンは同じなんだけど、ヘンな小細工がなくて、とってもストレートに作る側の気持ちが伝わって来たんだな、これが。オレの誤解に過ぎないとは思うんだけどさ」
サカモト
「かつてのホン・サンス作品って、お金がかかっているようにみえないのに、実はかなりかかっていて、それでもって劇場に人が来ない、製作会社は赤字と、極悪コストパフォーマンスの代表格みたいな映画だったんですが、ここ数年どんどんミニマムになり続けて、『HAHAHA』ではいくところまで行っちゃったように見えたんですけど、それにはまた新たなる続きがあった、っていうのが、この『オクヒの映画』かもしれませんね。本当に狭い、狭い、狭い、狭い世界で、ごく一部の人間が内輪受け的な諍いを繰り広げるだけなんですが、いままでのホン・サンス的饒舌さがかなり抑えられています。一応オムニバス形式にはなっていますが、各話の区切りも、なんだか、はっきりしません」
サイゴウ
「でも、そのあやふやさが、今回はとってもよかったんだな。素人が仲間とVTR&パソコン二台くらいで作れそうな内容ではあるんだけど、映画の規模と、中身の濃さというか、観る側に伝達する【なにか】が、全く比例しないことを証明した作品だったかもしれない。若手のインディーズでいえば、『昼間から呑む』なんかに通じる面白さかな?しょぼすぎる分だけ、逆に人間喜劇が浮かび上がるという…そこら辺は日本のインディーズに近いかもしれない。もっとも二度、三度観たいとは毛の先ほども思わないのは、いつもの通りなんだけど…」
サカモト
「今回は、韓国の映画ファンより、日本の映画ファンの方に受け入れられそうな感じではありましたね。メリハリが少なくてフラットな分、リアリズムとして心情に訴えかけてくるって感じですか。相変わらずスケベで自分勝手でいけ好かない【映画監督】が主人公なんですけど、今回は俳優の好演もあって、等身大の人物像として受け入れやすいと思いました。言っていることは相変わらずわざとらしいですけど、『HAHAHA』みたいに鼻につく感じは少なかったです」
サイゴウ
「ミニマムといっても映像は、なかなかいい。いわば素朴な映像美。韓国の冬の空気感、そこから生まれる日常感がとっても良く出ている。照明がしょぼいのも味だったりするよな。これって、今までのホン・サンスからはあまり感じられなかったものだ」
サカモト
「スタッフワークもミニマムな分、うまく転んだって感じですよね」
サイゴウ
「映画は全部で三部構成になっているんだけど、最初の『주문을 외울 날』が一番面白かったよ。冬のしょぼいキャンパス風景もいいし、主演のイ・ソンギュンが、とてもいい味を出している。彼って声がいいからとても印象に残るんだよな。上映会後、些細なことで女子学生に公衆の面前で、吊るし上げ喰らったり、学校関係者との飲み会で、ムン・ソングン演じるソン教授に失言して気まずくなるシーンとか、なにやら【お話】とは思えないような迫力があった」
サカモト
「あれが、監督個人のプライベートに基づいたものかどうかはわかりませんけど、全てが嘘八百だったら大した演出力ですよ」
サイゴウ
「ムン・ソングンが出演しているのも意外だったんだけど、彼の立場って、映画監督の難しさ、特に韓国における【現役で居続けることの困難さ】が見えてくるので、ちょっと笑えない部分があった」
サカモト
「ぶっちょうヅラで愛想がどえらく悪いオクヒ演じたチョン・ユミも、その演技の下手くそさというか、器用じゃない部分が災い転じて福と成した好キャラですよ。あそこら辺って、女性独特の達観した視線というか、冷酷な鳥瞰図的視線の象徴みたいで、彼女に関係した男二人の惨めさというか、男性特有の幼さがよく出ていたと思います。こういう感覚や、最後の結びのキレの良さは、ホン・サンス映画じゃ久々だったような気がしますね」
サイゴウ
「枯れてミニマムになったことで、ホン・サンス映画って転換期を迎えているのかな?日本でも、過剰にもてはやされた頃の彼の作品群が好きな人には異論はあるだろうけど、このショボショボ路線を突き詰めた方が、ホン・サンス映画の次なるフェーズというか、変化を面白く観ることができるような気がした」
サカモト
「はてさて、この『オクヒの映画』はエポックになるんでしょうか??」
サイゴウ
「ない、ない、ない、ない…それだけは絶対ないって…」
『クイズ王』★★ [韓国映画]
原題『퀴즈왕』★★
(2010年度/韓国一般公開2010年9月16日)
邦訳題『クイズ王』
勝手に題名を付けて見ました
『欲望丸出しクイズ合戦』

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(STORY)
トヨップ(=キム・スロ)とサンギル(=ハン・ジェソク)はケチで悪質な強請(ゆすり)屋。
サンギルが銃で撃った瀕死の男(=イ・ハンウィ)を車のトランクに詰め込んで、高速道路を走っている時、高架橋から突然一人の女(=コ・ウンミ)が身投げをする。
女の体は次々と後続車に跳ねられ、事故現場は四重衝突の大騒ぎになり、深夜の警察署では、てんやわんやの事情聴取が始まった。
だが、被害者兼加害者たちは、誰もが一癖も二癖もあり、やっかいな事情を抱えた連中ばかり。
待合室のTVでは、莫大な優勝賞金がかかったクイズ番組「クイズ王」が流されていたが、酔っぱらいのチュンサン(=イム・ウォニ)が次々と問題を解いて周りを驚かせる。
番組を勝ち抜き、最後の問題を答えれば手に入る優勝賞金は133億ウォン(日本円に換算して約10億円)だ。
やがて、自殺した女のカバンの中から謎のUSBメモリが見つかり、その中に入っていたのは、なんと暗号化された「クイズ王」禁断の30番目の最終問題!
そのことを知った署に集う人たちは、翌日から番組で優勝すべく、狂ったような努力を始め、様々な思惑を抱えた別の連中もまた、彼らの周囲で蠢き出す。
番組収録の当日、一同はライバルとして再会するが、番組MCを勤めるのは、性格最低の優男(やさおとこ)ジヨン(=イ・ジヨン)。
そして、新たな解答者として、的外れなフライング解答を繰り返すテコンド野郎(=チョン・ジェヨン)が加わった。
個性的過ぎる参加者と、番組スタッフの壮絶なクイズバトルは始まるが、その裏では、トヨップが放送局長(=キム・ジェゴン)をゆすろうとしていた。
果たして、最後に莫大な優勝賞金を手にするのは誰なのか!?
正義も何もない、成り行き任せの欲望丸出し成金バトルを描くコメディ。
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サカモト
「さて、韓国映画界の大親分カン・ウソクとタッグを組んで以来、なにやら妙な方向へ変質しちゃったんじゃないかと、一時期心配させたチャン・ジン先生ですが、今回の『クイズ王』は巡り巡って元に戻って来た、って感じですか。お馴染みのチャン・ジン色が好きなファンにとっては愉快なひと時を過ごせた映画だったんじゃないかと思います」
サイゴウ
「前作『グッドモーニングプレジデント』が色々と叩かれたので、【こりゃまずい!】ってな感じで方向修正を慌ててやったんじゃないかと思うんだけど、いつものマンネリ・パターンへ、ただ戻っただけって感じで、斬新さはカケラもなかったな。もっとも、【永遠のマンネリ】こそ、チャン・ジンらしい作風でもあり、以前の泥臭い映画に逆戻りしつつあるような気もする」
サカモト
「今回、登場人物が全般的にユルユルで、親しみは持てるけど、陳腐で田舎臭いだけ、面白味は少ないっていう…クイズ大会に出演する面々もそれなりに面白いんですけど、演劇だったら、もっとユニークで笑えるキャラクター群像でしたよ」
サイゴウ
「訳わかんない言葉遊びが意外に少なかったので、俺たちみたいな外国人にも分かり易かったのはいいんだけど、この『クイズ王』を一言で表すなら、ドリフのコントに無理やりドラマを乗せて引っ張った感じ。お約束を楽しめないと、臭いだけかもしれない。そして、完全に尻切れトンボで、オチがオチないまま終わっちゃうから、観終わると【ポッカーン】だったりする」
サカモト
「冒頭で、撃たれたオッサンを、何度もコンクリートの床に落としてしまうギャグなんて、まさに大昔のドリフのコント、投身自殺した女性を皆の車が次々はね上げて最終的には多重衝突になっちゃうくだりなんかも、一昔前のTVのコントみたいです。それゆえ、分かりやすくもあったんですけど…物語がスッキリしないで終わっちゃう件については、もっと話が続くシナリオ上の展開を考えていたらしく、諸々の事情で今回のような構成になったとか。でも、クイズ大会の顛末を、これ以上、ダラダラ続けられても、映画はどんどんシンドクなるばかりなので、これはこれで【まあいいや】って感じはありましたけど」
サイゴウ
「端的にいっちゃえば、昔のチャン・ジン的お約束が飲み込めないと、かなり、つまらない作品だったと思うよ。面白いことは面白いんだけど、絶対的ではない。『グッドモーニングプレジデント』を1とすれば『クイズ王』は5くらい、『拍手する時に発て』を1とすれば『クイズ王』は0.5くらいの面白さだったな。オレ的には投身自殺した女が持っていたUSBメモリの中に、133億ウォンが掛かった最終問題が残されている事実が判明するという、前半部のくだりまでは、物凄く面白かったんだけど、それから後がとてつもなく、つまらなくて退屈になってしまうのが残念だった。見どころのクイズ大会での戦いだって、あっけないほど凡庸で尻つぼみだったし。結局、『クイズ王』という一発ネタを無理やり引っ張っちゃって、続けることが出来なくて、ゼーゼー息切れしたって感じかな」
サカモト
「誰が主人公なのかはっきりしないのも、今思えば、決定打に欠ける原因になっていたのかもしれませんね。こういう作劇は、舞台ならもっと魅力的だったんでしょうけど…」
サイゴウ
「一番不愉快だったのは、本当につまらないチンピラ二人が、最後に大金をせしめてしまうことだ。彼ら自身のドラマや、その人生が描けていればまた別だったんだろうけど、キム・スロにしろ、ハン・ジェソクにしろ、ステレオタイプのせこい小悪党に過ぎない。だからラストはオチないこと甚だしいし、韓国社会へのアイロニーも全然活きてこなかった」
サカモト
「出演している面々は、舞台系の個性派ばかりで、一人一人はそれなりに面白くなる要素を持ってはいたんですが、キャストに欲かいて、不発だった感じもします」
サイゴウ
「劇中最大のワルキャラだけど、仕事のプロに徹している番組MC役のイ・ジヨンとか、番組本番でも、ふてくされた態度がひどい女子高校生役のシム・ウンギョンとか、光るキャラは何人もいたんだけど、なにせ、その他大勢が多過ぎて、うまく活用できていなかった。そういえば名優ソン・ヨンジャンも、あたり障りない無難なキャラで切り抜けちゃっているんで、もったいないよ。彼みたいな実力派俳優にこそ、もっと暴れさせる場を与えて欲しかったな。そういえば、キム・スロに関していえば、演じた役はつまらなくても、俳優としては、結構いい仕事していたと思う。ただ、キム・スロは、世間が彼に求めるイメージがはっきり固まっちゃっているので、他の演技スタイルに踏み出せない足かせが、今回は物凄くあって、勿体なかったな。新境地開くチャンスになったのかもしれないのに」
サカモト
「【もったいない】といえば、やっぱり、その筆頭は、浮きまくりのテコンド師範演じたチョン・ジェヨンと、エセ・インテリ演じたイム・ウォニでしょう。やっぱり、この二人が一番笑えるキャラだったし、インパクトもありました。後半のつまらないクイズ戦は、この二人を中心に据えてやれば、もっと大爆笑の展開になったんでしょうけど、それやっちゃうとチャン・ジン的には【自分の意図とは違う!】っていう、ことだったんでしょうかね?」
サイゴウ
「まあ、電化製品やファッションに例えれば、一時的に生産と販売を中止していた【チャン・ジン】というクラシックな型番をあえて復活させた、って感じの映画かな。固定ファンやチャン・ジン信者にとっては楽しめるだろうし、そうじゃない人にも、そこそこ楽しめるお買い得な作品だったとは思う。少なくともあのヒド~い『グッド・モーニング・プレジデント』よりは遥かにマシだからな」
サカモト
「こういう【永遠のマンネリ】も結構ですけど、そろそろ『息子/아들』みたいな人間ドラマもまた撮って欲しいと思いますけどね」
サイゴウ
「でも、『クイズ王2』だとか『グッド・モーニング・プレジデント2』はやらなくていいけどな、恥の上塗りになっちゃうから…」
『Nomadic Project Triloge』★? [韓国映画]
原題【Nomadic Project Triloge】三部作総評→★?
『키키+고도』(2003~2008)★
『니나』(2005~2008)-★
『지혜』(2006~2008)-★★
(韓国一般公開日2010年9月16日)
英訳題『Kiki+Godot』『Nina』『Jeehye』
邦訳題『キキとゴドー』『ニーナ』『ジェヒ』
(物語の背景)
2048年、地球はアジア連合、アメリカ連合、ヨーロッパ連合、スラブ連合、アフリカ連合、三大陸連合によって統治されていた。
しかし、連合内部には、民族主義を基盤とした政治団体がいくつも存在し、誰が味方か敵か分からない状態だ。
大都市では人々が仲良く暮らしているように見えたが、その裏側では、組織の工作員が入り乱れ、必死のサバイバル闘争を繰り返していた。
家族も恋人も友人も、誰が敵で味方なのか、全く分からない世界。
アフリカで発見された人の脳と精神をコントロールする物質の独占を巡って、連合間の緊張は高まってゆく…
『키키+고도』(2003~2008)

(あらすじ)
アメリカ連合とアジア連合を一つにしようと企むテロリストが密かに暗躍するシカゴ。
そこで繰り広げられる血なまぐさいエスピオナージに巻き込まれ、数奇な運命を辿るカップル、キキとゴドーの悲劇。
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『니나』(2005~2008)

(あらすじ)
ニナの母親が殺された。
事件の真相を探るべく、彼女はパリに住む父親を訪れるが、彼女が暮らし始めたアパートメントはヨーロッパ連合の民族主義者とアフリカ連合のテロリストが奇妙な関係を保つ場所だった。
一見、平穏な暮らしの裏に見え隠れする静かなサバイバル戦。
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『지혜』(2006~2008)

(あらすじ)
アジア連合もまた、いくつかの極右団体に別れてヘゲモニー闘争に明け暮れている。
韓国・ソウルで暮らすジェヒは、秘密組織ポメスの一員である父親の手で、殺し屋として育てられた。
連合同士の緊張関係が高まる中、誰が敵か味方か分からない混沌の戦いが始まる。
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サイゴウ
「いやはや、この『Nomadic Project Triloge』が、ソウルど真ん中のお金を出して行くような劇場で、真っ昼間からかかるなんて、韓国映画の二極化の象徴みたいな出来事だったな」
サカモト
「最近、文化振興事業、社会への還元というわけで、財力にある程度余裕のある企業がバックボーンになったアート系専門の小劇場がソウルでは一挙に増えましたからね。設備がまともだし。CGVチェーンなんて、そういった作品の上映はお金にならないから、とっとと切り捨てて、今じゃ形骸化していますが、それでも狎鴎亭CGVや、大学路CGVは一部が専門館と化していたりする。このナム・スンソク監督の三作品も、光化門の見捨てられたような映画館『シネマル』(※)みたいな劇場があったからこそ、一挙上映できたんじゃないかと思いますよ」
(※)既に閉館し、現在は『ミロスペース』に戻っている。
サイゴウ
「基本的には単なる個人的な趣味の作品。それも習作レベルだし、原版はおそらく全てデジタル媒体じゃないかと思うから、古い映画ファンから観れば映画か否か微妙だろうな。昔、日本のアートシアターなんかでかけていた、VTRの実験作みたいだ。各作品上映時間も約1時間程度だから、単発で上映するには短過ぎるし、三本上映するには長過ぎるので、興行的価値はゼロ。五年前の韓国だったら映画祭とか、特別上映会ですら観ることが難しいような作品群なんだけど、それが約一週間ソウル、江北のど真ん中で上映されたことは事件といえば事件」
サカモト
「一本につき尺が一時間超えていますから、短編ではなくて中編、本来は独立した作品として紹介すべきなんですが、正直、そこまでどの作品にも力と魅力がなかったので、まとめて紹介したいと思います」
サイゴウ
「一つの世界で繰り広げられる物語群だから、それでいいんじゃないの?」
サカモト
「まず、『キキ+ゴドー』から。シカゴを舞台にアメリカ人男女と韓国系男女の、それぞれの国益をかけた戦いを描いた、ともいえなくもない、一種のエスピオナージものです」
サイゴウ
「一応、シビアな諜報謀略戦が背景になっているけど、自分が所属する国家よりも個人の愛を選ぼうとした男女の悲劇ってとこだろう。全編シカゴが舞台になっているんだけど、これが結構いい雰囲気を醸し出している」
サカモト
「出だしはすごく良いですよね。まるで1970年代に作られたアメリカやフランスのSF映画を連想させます。撮影も凝っている訳じゃないんですけど、自然光重視の色合いは、戸外シーンでそれなりの映像美も醸し出していましたし」
サイゴウ
「でも面白いかと聞かれれば、つまんない。話も妙に入り組んでいるし、ひどく抽象的だし。それがいい人にはいいんだろうけど、カルトというよりも環境VTRみたい。劇中出てくる絵で語られる、青い森での話は印象に残るけど、どうせならあれだけ独立させてアニメでやった方がよかったな。でも、三作中、一番映画らしい匂いがする作品ではあった。無理やり比較するならば、ゴダールの『アルファヴィル』やマルケルの『ラ・ジュテ』の系譜なのかもしれないが、若い頃のカラックスの作品が心象的には一番重なったよ」
サカモト
「それでは、次は『ニナ』。フランス語が全然わからないんで、一番訳分からなかった作品です。悲しい…」
サイゴウ
「ナム・スンソク監督ってどうやらパリが好きみたい。語学も堪能なんだろう。なにせ全編フランス語。でもこの映画の世界観って、地球の各地域が巨大な連合国家を形成して互いを牽制したり、マイナー連中がゲリラ的抵抗をやっていたり、という内容だから、ヨーロッパ連合とアフリカ連合の駆け引きを描くには、パリを舞台にするのは必然だったのかも。韓国人もたくさん住んでいるから、アジア連合まで描けちゃう、お得な舞台設定という訳だ」
サカモト
「全編、アパートの中で、飲んで、食って、ヤニって、ぺちゃぺちゃおしゃべりしているだけ。それだけ言語そのものに寄りかかった作品なのかもしれませんが、しんどかったです。映像的にも一番安っぽかったし。一応サスペンスではあるんですが、家庭用VTRで作った学園祭ドラマのノリは超えられていません」
サイゴウ
「これまた無理やり比較して誉めるとすれば、オレはエリック・ロメールの作品を重ねちゃったけどな」
サカモト
「それはまた、微妙でいかようにも解釈できる比喩ですね。では最後の『ジヘ』についてはいかがでしょう?」
サイゴウ
「トリはアジア連合を中心に据えたお話、という訳でソウルが舞台だった訳だが、三部作中、一番魅力がなかったな。ソウル市内のよくある場所で撮影して、無理やりまとめたようなショボイ作品。せっかく韓国人監督がソウルを舞台に、SF的コンセプトで作るんだから、一番期待していたんだが、トイガンを振り回す【サスペンスごっこ】で終わってしまった。無理やりフランスを関連付けているし…日本人も、ちょろんと出ているが、どうでもいい役。思うにナム・スンソクって人は、物凄く欧米志向が強くて、自分の国やその周辺に興味がないというか、あまり触れる機会がなかった人なんじゃないだろうか。まあ、ヨーロッパ留学組のクリエイターにはよくいそうな志向だけどね。それとこの作品が一番チャチかったのは、ソウルという街が、他二作の舞台だった街よりも明らかに魅力がないことだろう。年がら年中ドカチン作業ばかりやっていて、街の方向性というか、根っこにある個性が全然感じられなかったもんな。それは東京なんかも同じことなんだけど、欧米の人間からいわせれば、その落ち着きの無さがパワフルみたいに勘違いされて、魅力的に見えてしまっていたりする。あえてソウルじゃなくて、別の街で撮っていたら、もっと面白かったんじゃないのかな?」
サカモト
「この三部作観ていて【やっぱり!】と強く感じたのは、イ・ソンガンなんかのシュールな韓国製アニメーションと通じる感覚というか、景色が繰り返し感じられることですね。この感覚って【コリアン・グロテスク&シュールレアリズム】そのものなんですが、こういった韓国的、いやあえていいますが、【朝鮮的感性の共時性】って、もっと日本人は気づいていいと思うんですけどね。今回の三部作観ていると、やっぱり今の日本で持てはやされている【韓流】って、韓国的でもなんでもないモノではないか?という疑問が湧いてきます」
サイゴウ
「…ちゅうか、【コリアン・グロテスク&シュールレアリズム】や【朝鮮的感性の共時性】っていう表現自体、適切かどうかは別にしても、日本のマスコミじゃ、御法度な言い方だろう。やっぱり【韓流】っていういい方は、日本の社会事情に合わせた、当たり障りない呪文みたいなもんなんだろうな。まっ、それは脇に置いておいて、まず、この三部作で特筆すべきことは【SF】であることを、明確に詠っていることだろう。本当にSFかどうかを、疑問に感じる人も多いと思うが、確かにいままでの【SFといいつつ、実はオカルトその他】みたいな感じはない。どっちかといえば政治色かつ、ファンタジー色が強いんだけど、そこら辺の感覚は新しい世代のクリエイターが【SF】というものを、独立したジャンルとして具体的に把握しつつある兆候なのかもしれないな。それと、三部作どれも、作風が異なる工夫をしていたし、努力もしていたと思うから、習作レベルではあるけれど、オレが考えるよりも器用で引き出しが多いクリエイターなのかも」
サカモト
「このナム・スンソクっていう人は、それなりの才能はあるし、人を動かす力もある人だと思うんですけど、商業企画やったら、手のヒラ、引っくり返したようなベタな作品作るか、瓦解しちゃうか、どちらかのような気もしますね」
サイゴウ
「この三部作を観た限りでは、ワンパターンでいいから、この路線をホン・サンス的に貫いて、追い続けるのが一番賢明じゃないのかなぁ…」
『ブラボー!ジャズライフ』★★ [韓国映画]
原題『브라보! 재즈 라이프』★★
(2010年度/韓国一般公開日2010年12月16日)
英訳題『Bravo! Jazz Life』
邦訳題『ブラボー!ジャズライフ』

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(概要)
光復節以降、大韓民国の歴史と共に韓国ジャズの創成期から今までを第一線で支えてきた「第一世代」ジャズ・ミュージシャンたち。
その中の一人、イ・バングンの音楽研究室が2010年9月末に、住地開発のあおりを喰らって閉鎖されることになった。
それに憤慨して集まったベテランたちが、田舎で気炎を上げるところから映画は始まる。
彼らの日頃の活動を追いつつ、弘益大前にある名門ライブハウス「MOON GLOW」で行われた歴史的な最後の大記念公演までを描いてゆく。
本作が最後の映像記録となったミュージシャンたちが多数出演する、貴重な音楽ドキュメンタリー。
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サイゴウ
「オレって、ジャズのことはわからないし、興味もないんだけれど、この映画観ていてずっと【羨ましいなぁ】って感じたのは、登場するミュージシャンたちのカッコよさだな。音楽に限らず、好きなことで飯が食えて、しかもそれを続けられることは、やっぱり【カッコイイ】以外の何物でもない」
サカモト
「音楽には、言語や宗教、思想を超えて人を繋げる力が、最もあるかもしれない、ってことも、そうした【カッコよさ】の一つですよね。この作品で取り上げているのは、どちらかと言えばクラシック・ジャズなんですけども、音楽はロックであってもヘビメタであっても、オルタナティヴであっても、伝わるものは同じです」
サイゴウ
「映画では、特別なことが起きるわけでもなし、ただ、戦後の韓国ジャズ界を引っ張って来た大御所たちの、最後の公演に向けた活動を淡々と描いているだけなので、【面白いか?】って聞かれると、あんまり面白くはない。だけど、カッコイイ爺さん、婆さんの音楽に掛ける愛や情熱が、映画の最後の最後で一気に湧き出すって感じかな。結局、音楽というものは演奏する側であれ、聞く側であれ、参加者じゃないと本質的な感動は味わえないし、特にジャズの場合、自らがプレーヤーであることが、やっぱり必要だろう。そういう点では聴きどころ、見所はどこかって、ちょっと苦しんだけど、好きなことを信じてやってきた人たちならわかる、普遍的な真実みたいなものは、片鱗ではあるけれど伝わってきたような気がしたな。そこら辺は、若手のミュージシャンじゃ、ちょっと醸し出せなかったかもしれない」
サカモト
「出演するミュージシャンたちは、とてもおしゃれでダンディだったりするんですが、一方では普通の爺さんだったりもする。当たり前といえば当たり前なんですが、そこら辺の落差が面白いです」
サイゴウ
「住んでいるのが、田舎の平屋で、キムチ喰いつつ、マッコルリ飲みながら昔話や音楽談義に花を咲かせるという…あそこら辺は実に韓国的日常なんだけど、ああいった風景もまた、消えつつある古き良き韓国なのかもな。パーカッションやっているリュ・ポクジョンという人は、ホント、街場に普通にいる爺さんという感じなんだけど、演奏をやり始めると快活でエネルギッシュ、ミュージシャンそのもの。ルックスが全くそれらしくないので、インパクト大だ」
サカモト
「あの人はジャズうんぬんの前に、普遍的に面白いキャラだと思いますよ」
サイゴウ
「それともう一つ象徴的だったのは、第一世代のベテランたちが若いミュージシャンと楽しそうに演奏する風景。でも、その後輩たちは、けっこう年齢にばらつきがあったりする。ああいう世代や年齢を超えて、一つの輪を作る光景って、上下関係やら、世代別コミュニケーションの溝が深い韓国じゃ、あんまり見られないから、ちょっと新鮮だったな。でも、オンラインで【仮想友達】作れちゃう純粋なネット世代連中にとっては、逆にリアルな関係を作ることの方が難しくなるかもしれない」
サカモト
「この作品で重要な役割を果たす「MOON GLOW」がある、弘益大前辺りは、ジャズに限らず、昔からちょっとアンダーグランドなミュージシャンたちが集う場所で、日本人演奏家もよく見かけますけど、今、そのミュージックシーンを支えている韓国の若い世代が、この『ブラボー!ジャズライフ』のカッコイイ爺さん、婆さんの後を継げれば面白いですね」
サイゴウ
「ただ、ちと気になったのが、映し出されるものが【ベテランと若手】という構図に始終していて、中間層が見えないこと。特に四十代、五十代の影がボヤヤーンとして見えてこないのが気になった。みんな仕事に忙しい世代なのかもしれないが、本来なら、ベテランたちと若手の間を取り持つのが、彼らのはずなんだけど」
サカモト
「韓国のジャズ愛好者層、それを支えるプロ・ミュージシャンの層って、どうなっているか、残念ながらさっぱりわからないのですが、考えてみれば386世代+αの連中って、今の韓国音楽界では、案外空白の世代なのかもしれませんよ。映画界だって、そうした中堅というか中間層がゴッソリ抜けている気がするし」
サイゴウ
「確かに韓国における一般アートの世界も、【若者か年寄り】の二極化が目立つような気もするな、調べた訳じゃないけど…中間の世代って、クリエイターとしてやって行けることを確信すると、みんな外国に出ちゃうのかもしれないぞ」
サカモト
「映画は最後に、ベテランたちが激演する記念公演の熱狂的な盛り上がりを映して終わりますが、その後、それで燃え尽きてしまったかのように、何人かの訃報が紹介されます。好きなことをやって燃焼した幸せな人生ともいえるのかもしれませんが、韓国のサブカルチャーが今とは比べものにならなかった貧しい時代に、先端を突っ走って来た彼らの【ヤンキー人生】というものを、日本人としてどこまで体感出来て、他に伝えられるか、っていう哀しさも感じましたよ」
サイゴウ
「それが生まれた国や社会の差異というもんだろう。でも、同一でないからこそ、相手に共感できる因子を見つけることも出来る訳だ。それが改めてわかっただけでも、この作品を観た意味があったんじゃなかろうか?」
サカモト
「普遍的な音楽映画としてはかなり苦しい出来なので、この映画を観て韓国ジャズに興味を持たれた人がいたら、サントラ盤を聞いてみるのもいいと思います」
サイゴウ
「他の韓国映画OST聞いている限りでの感想なんだけど、韓国のクラシック・ジャズって特有の憂いがあって、いいものが多い。だから結構レベルも高いんじゃないのかな?そこら辺の国際的評価はどうなんだろうか?」
『家門の栄光4 - 家門の受難』–★ [韓国映画]
原題『가문의 영광 4 - 가문의 수난』–★
(2011年度/韓国一般公開2011年9月7日)
邦訳題『家門の栄光4 - 家門の受難』
(2011年第8回菊池国際交流映画祭にて特別公開済)
勝手に題名を付けてみました
『家門の栄光4 - 極道一家のニッポン屈辱旅行』

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(あらすじ)
『家門の危機 - 家門の栄光2』『家門の復活 - 家門の栄光3』での闘いを乗り越えて…代々、仮借なき武闘派として恐れられてきた極道の名門、ホン一家だったが、今では立派な食料品会社経営者として、堅気に暮らしている。
要の長男インジェ(=シン・ヒョンジュン)は離婚で傷ついていたが、舎弟のソクジェ(=タク・ジェフン)もキョンジェ(=イム・ヒョンジュン)も、あのチョンミョン(=チョン・スンハ)さえも、臭い飯を喰わないで経営に携わっていた。
しかし、自慢の主力製品キムチの、日本における売上げ報告を受けて、会長ホン・タクジャ(=キム・スミ)は再び凶暴な闘争心をたぎらせる。
出国禁止令解除の折、ホン一家は敵情視察と保養を兼ねて、日本は九州にある温泉地へと出発するが、荒んで世離れした人生を送って来たせいか、出国審査でも飛行機の中でも、彼らは周囲の善良な人々に、ツマラナイ大騒ぎで、ひどい迷惑をかけるのだった。
日本に到着し、「モリ」と名乗るガイド兼通訳(=キム・ジウ)の出迎えを受けるが、勝手気ままなホン一家は、彼女とはぐれてしまう。
日本語ができなくても現金積めばなんとかなるだろうと思っていた矢先、韓国Wしか持っていないことが発覚、やっと見つけた銀行で、どういうわけか『家門の栄光2』に出ていたヒョジョン(=ヒョニョン)と再会し、とりあえず問題解決に見えた。
だが、今度はそこへ武装強盗団が押し入ってくる。
あっという間に彼らを叩きのめすインジェたちだったが、強盗仲間と勘違いされ、逃亡するはめに。
なめてかかった日本旅行は、こうして「受難=情けないサバイバル」へと変貌してしまうのだった。
そして、彼らを追跡する謎の諜報員ヒョンジュン(=チョン・ウンイン)。
ホン一家は生きて故郷へ帰ることが出来るのだろうか?
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サイゴウ
「いやー、いくらなんでも緩すぎだよ。最初から最後まで下痢をビチリ、ビチリと垂れ流してオシマイ、誰も拭かないみたいな。スタッフも出演者も、やる気なしにしか見えない酷いコメディだな、こりゃ」
サカモト
「【緩い】という事自体は、コメディ演出として【アリ】とは思いますが、今回はそういう話し以前のヒドさですね。なんで四作目作ったのか、お偉いさんの乱心としか思えないです」
サイゴウ
「『家門の栄光』って、仕切り直しの挙句、二作目、三作目と続いた段階で【いいかげんにしろ~!】的なものはあったんだけど、それなりに職人的にまとめてあった。それに『男はつらいよ』や『釣りバカ日誌』みたいに、続けることで見えてくるものもあるだろうから、まだ許容範囲だったんだけど、四作目がこれじゃ、お金と労力の無駄だろう」
サカモト
「ここまできちゃうと、最初の『家門の栄光』が、いかに韓国映画の伝統を引き継いだ【美しい映画】であったかがよくわかりますね。作家性だって感じますし…残る二作だって、企画の立て直しと考えれば、及第点でしたし…っていうか、どういう話だったか、サッパリ記憶になかったりもしますが」
サイゴウ
「やっぱり、チョン・フンスン監督の一作目が、いかに良かったか、ってことだ。当時、一作目の『家門の栄光』はダークホース的な大ヒットではあったんだけど、監督のこだわりが随所に光っていたし、何よりもドメステックネタの面白さと、ユ・ドングンが凄かった」
サカモト
「ユ・ドングンのアドリブは、いまじゃ、伝説でしょう」
サイゴウ
「やっぱり、『家門の栄光』シリーズの不幸は、チョン・フンスン監督とオリジナルキャストが、全く引き継げなかったことにある。そこら辺が韓国映画ビジネスのダークな部分かもな」
サカモト
「二作目以降は、想定内というか安牌過ぎて、観る意欲を喚起されませんでしたからね。キム・スミもシン・ヒョンジュンも、ハズレではないけど、オドロキも全くありませんでした」
サイゴウ
「それもあるけど、【家門をどう引き継いで行くか】という柱の部分が霧散しちゃった。それに、ユ・ドングンに匹敵する強烈キャラがいないので、結局、第一作目のブランドだけを、ずりずりと引きずる安易なシリーズ物に成り下がった」
サカモト
「ビジネスとしては優等生なのかもしれませんが、映画的な魅力が全然なくなっちゃいましたし」
サイゴウ
「そこら辺、今度の『家門の栄光4』は、まさに最悪の集大成といったところだろう」
サカモト
「今回の目玉はとりあえず【日本が舞台】ってことなんですけど、九州にある温泉街をだらだらと主人公たちが彷徨うだけ。まるで漫★画太郎のギャグみたいですけど、それを韓国映画でやっても、見せられる方はシンドイだけです。九州である必然性が分かんないです。これだったら、関東や東北の温泉街を舞台にして風物詩を見せたり、北海道の温泉を舞台にしてヒグマと戦わせたりした方が、遥かに映画らしい作品になったと思いますけど…」
サイゴウ
「でも、費用対効果上、それはあり得なかっただろうな。あのダラダラでヤル気がない展開は、撮影効率を優先したからじゃないのか。さっさと仕事を終わらせて、温泉に入って、美味しいお酒と食事摂って、その後は(秘)ウヒヒヒなお楽しみっていう…」
サカモト
「近年、韓国人にとって九州の温泉は観光の定番なので、段取りの面でも予算を抑えられた、っていうことはあったでしょうね。大阪や東京が舞台だったら、ショボイわりにコストは倍以上掛かっただろうし」
サイゴウ
「でも、最終的には作る側の誰一人として、【日本】という事象に愛も興味も全く、韓国で流布されているステレオなイメージの【日本】に従っただけって感じだ。昔ながらの保守的な連中そのまんま。でも、リアルな日韓のカルチャーギャップ・ネタを理解してくれる人はホント少ないから、映画でやるのはまだまだハードルが高い、ってこともあるけどな」
サカモト
「それに、日本ネタを扱う韓国映画で必須だった日本蔑視や反日を、最近はマーケティングを考慮して抑えている分、【日本は韓国よりも格下で愚劣】というお馴染みの主張が、より潜在化してタチが悪くなった、って感じもします」
サイゴウ
「どうせなら、【日本蔑視】を逆手にとって、積極的なギャグネタにしたほうが、オレたち的には面白かったんだけどな。韓国の若い連中だって、そうじゃないのか?」
サカモト
「そっちの方が、わざわざ、日本を舞台にした意味もあったと思うんですけどね…」
サイゴウ
「それに今時、相変わらず韓国側が【血の通ったまともな日本人像】をうまく作れないのも問題だよ。それなりの日本人俳優が必要になるから、韓国映画のメジャーブランドとして大きなリスクになっちゃう、っていうことはあったにしてもだけどな。日本企業に働きかけて【韓流】だとか【アジア発のワールドワイド・エンタテイメント】だとか、強くアピールするのは商売だから別にいいんだけど、結局は韓国や韓国企業への利益誘導が目的だし、【本当はオレたち韓国がNo.1なのであ~る】という、いつもの隘路な民族主義が透けて見えてきちゃうよな。【友好】だとか【友情】だとか、口当たりがいいコピーに乗せられている人たちが一番損しちゃう」
サカモト
「なにせ、日本人は【ワールドワイド】だとか、【日本語を上手に話す外国人】だとか、【過去への謝罪】という記号に、えらく弱いですからね、すぐ丸め込まれちゃう。10年前は【韓国】って聞いただけで、日本の企業は、けんもほろろで門前払いだったんですけどね。こういうベタな商業映画においてこそ、【日本】や【日本人】像をどう上手に扱えるか、そして日本側の協力と理解を得られるかが、お互いにとって相当重要なことだと思うんですけど、いつも最後は【韓国にとって都合のいい日本】と【韓国にとって都合の悪い日本】の抽象的な二つのイメージに収縮してしまうし、日本は日本で、不自然にポジティブな『韓国賞賛』を流布するばかり…」
サイゴウ
「細かい話でいうと、ゲストで笛木優子を出す発想もいい加減にして欲しい。こういう半端さが一番不愉快だよな。どうせ彼女を出演させるしか他に選択肢がないのなら、【もっと重要な役を振れよ】といいたい。日本人ガイド役をやっていたキム・ジウが意外とマトモに日本語のセリフをこなしているんだけど、【実は在日です】っていう設定も相変わらず。韓国語を話せる【日本人】が出てくることが、そんなに気に喰わないのか??」
サカモト
「今じゃ、夢を求めて大量の日本人が韓国を目指しているのに、って感じですね。かの地で日本の人材が育つにはまだまだ、シンドいんでしょう。一応、日本人の若者をスカウトするふりしている企業もあるみたいですけど、韓国企業のやり方について行けるか、甚だ疑問だし、韓国側も最後まで日本人の面倒を見るなんて、考えられませんしね。それと、久々にヒョニョンが出ていましたけど、顔が違うので誰かと思いましたよ」
サイゴウ
「彼女も【意味なし】キャスティングの一人だな、というか、キム・スミにしてもシン・ヒョンジュンにしても、タク・ジェフンにしても、イム・ヒョンジュンにしても、業界のヒエラルキー上、【仕方ないからやっている感】まる出し」
サカモト
「ワキガのひどいチョンミョン役のチョン・スンハも、TVで観ると、なかなか優れたコメディアンだと思うんですけど、そういう良さも、全く活かされていませんよね」
サイゴウ
「彼みたいに、TVを中心とした確固たるポジションがある芸能人にとっては、『家門の栄光4』なんて、オマケ仕事みたいなモンなんだろう」
サカモト
「ただ、そんなグダグダでヤル気がない空気の中、俳優として優れたパフォーマンを唯一発揮しちゃうのが、やっぱりチョン・ウンインだったりします」
サイゴウ
「製作側にとっての他力本願かつ一種の保険、って感じにしか見えなかったけどな。でも、彼はいつ観てもうまいし、力がある。だからこんな映画にはもう出ないで欲しい」
サカモト
「でも、このシリーズ、まだまだ、続くんでしょうかね?」
サイゴウ
「どうせ続けるなら、日帝時代でも舞台にして『新・家門の栄光 - 明洞の死闘・日本人皆殺し作戦』みたいなノリで、チョン・フンスン監督とユ・ドングンに戻ってきてほしいよ。まあ、無理だけど…」
サカモト
「チョン・フンスン監督が映画を撮れなくなって久しいのは、本当に悲しいですよね。『家門の栄光』が続けば続くほど、彼がメガフォンを取った第一作の良さが輝くだけ、って感じです」
サイゴウ
「第五作撮るなら、全部仕切り直ししないとダメだよ…でも、こんなひどい映画に、日本の【韓流】と同様、マーケティング次第でそれなりに客が来ちゃうことの方が問題なんだよな。なんだか、カルト宗教か、マルチ商法の巧妙な勧誘みたいだ」
サカモト
「しかし、こんな続編をやればやるほど、若い観客は韓国映画から離れてしまうと思いますよ。1990年代から始まった一種狂乱の【韓国人による韓国映画ブーム】は、【オレたちだって、やれば出来るんだ!】っていう【民族的自信の再発見】だったと思うんです。だから、この『家門の栄光シリーズ』はマイナス志向の先祖返りみたいなもので、既に韓国において【絶滅寸前の負の映画遺産】になりつつあるのかもしれませんよ」
サイゴウ
「それよりも【Come Back!정흥순!】」
『豊山犬』★★ [韓国映画]
原題『풍산개』★★
(2011年度/韓国一般公開2011年6月23日)
英訳題『Poongsan Dog』
邦訳題『豊山犬』※
※풍산개=咸鏡南道(現・北朝鮮)原産の半島固有犬。
勝手に題名を付けてみました
『38度線を突破せよ!~シロイヌ印の宅急便~』

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(あらすじ)
北朝鮮と韓国を繋ぐ、謎の非合法配達屋「プンサンゲ(豊山犬)」(=ユン・ゲサン)。
彼は依頼を受ければ人でも物でも、たった三時間で北から南に運びこんでしまう。
その日も、韓国で余命を終えようとしている老人(=ユ・スンチョル)の元に、一人の子供(=チョン・ジェミン)を送り届け、北朝鮮製のタバコ「豊山犬」で一服するのだった。
プンサンゲは大韓民国国家情報院に、38度線越えを黙認してもらう代わりとして、公安任務にも協力していた。
だが、韓国側は彼を訝しんでもおり、そこには絶えず不信感も渦巻いている。
ある日、プンサンゲは国情院から直接の依頼を受ける。
韓国に亡命して久しい大物政治家(=キム・チョンス)の若い愛人インオク(=キム・ギュリ/キム・ミンジョン)をソウルに連れて来いという。
プンサンゲはいつもの如く、北朝鮮に侵入し、インオクを連れ出すが、自己主張ばかりしていうことを聞かない彼女に、38度線越えは思わぬトラブルの連続になるが、体を張ってインオクをソウルまで届けようとするプンサンゲの姿に、彼女は好意を抱き始める。
しかし、ソウルに潜む北朝鮮の暗殺部隊が大物政治家を狙って動き始め、プンサンゲは捨石として、韓国側に逮捕されてしまう。
彼は以前、北朝鮮から救出した韓国の諜報員オオカミ(=ペ・ユングン)の協力を得て脱走し、大物政治家とインオクを人質にして38度線へ向かうが、それはプンサンゲにとってもインオクにとっても、悲劇の序章にしか過ぎなかった…
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サイゴウ
「この『豊山犬』って、すごく可能性のあったシナリオだったとは思う。元々はキム・ギドクのオリジナルらしいから、一筋縄ではいかないというか、やっぱりいびつでおかしな世界ではあるんだけど、シノプシスだけもらって、純粋なアクションとして企画していたら、相当面白い作品になったんじゃないだろうか。そんなこと今更いっても仕方ないけどさ…」
サカモト
「つまり、【あまりよろしくない出来だった】ってことですか」
サイゴウ
「いや、そうでもないんだけど、映画に【人格】というものがあると仮定するならば、それが希薄な作品なんだよ。キム・ギドクのクローンだと考えれば、納得はできるんだけど、彼の弟子筋といっても別の監督なワケだから、ここまで忠実に師匠色をトレースする必要があったのか?という疑問がつきまとうんだ」
サカモト
「キム・ギドクの意志が強く投影されているのは事実ですし、事情を知らない人にそこら辺を伏せて【キム・ギドクの新作だよ~ん】という嘘をついたら、騙される人はいるでしょうね。カット割りやら構図やら音楽やら、ソックリですから。でも師匠よりもチョン・ジェフン監督の演出の方が端正ですよ」
サイゴウ
「ただ、そこが引っかかるんだ。明らかにキム・ギドクと個性が違うにもかかわらず、驚くくらい相似形のテイストにしちゃうって、【これでいいのか?】って気がするんだよ。それに、いくらキム・ギドク作品の忠実なクローンにみえるといっても、誰にも真似できない師匠の【天然感覚】というか【純粋性】みたいなものが、チョン・ジェフン監督の映画には皆無なので、感触がえらく冷たい。デビュー作の『아름답다』もそうなんだけど、そこらへんがチグハグというか、怖いものがあるんだよな。もし、キム・ギドク作品だとしたら、意図しないユーモアになって、よくも悪くも笑えたりするんだけど、チョン・ジェフンにはそういうものが全くない。シナリオの世界観から来る失笑感覚が『아름답다』では、ところどころにあったんだけど、それも意図したものというよりも、師匠のシナリオを冷徹なまでに忠実にクローン化したからじゃないだろうか。ゆえに笑えるけどユーモアがなく、ハートが感じられないんだよな」
サカモト
「『豊山犬』の場合、世界観の根底にあったのが【ハードボイルド感覚】だったと思いますから、その冷徹な映画的個性が作品性に活きていた部分もあったとは、思いますけどね」
サイゴウ
「それはそうなんだけど、チョン・ジェフンの映画は、珍妙なユーモアやメロな部分を形だけ残して、【あとのことは知らねーよ】的に割り切り過ぎて見える。ホラーやドキュメンタリー撮ったら、恐ろしい作品を作りそうな感性だな。キム・ギドク作品って、世間の常識から大きく離れてはいても、やっぱり人間臭いし、最後まで【人間ありき】なんだけど、チョン・ジェフン作品は【宇宙人感覚】だよ。両者は似て非なるものなんだけど、そこら辺の区別化が意図的にされていないのが観ていて歯がゆい」
サカモト
「キム・ギドク組の出世頭、チャン・フンはもっと世俗的というか、柔軟ですよね。【作家性は大切だけど、一般性はもっと大事】みたいな親しみ易さを、いつも作品に心がけている感じはします。そういった世俗性に関してはキム・ギドクもチョン・ジェフンも程遠いのは同じなんですが、『아름답다』や『豊山犬』には他人を寄せ付けないような、怜悧な計算高さみたいなものもあって、確かに感動し難いものはあったかもしれません」
サイゴウ
「娯楽アクションに徹しなかったのは、キム・ギドクの意志なんだろうか、チョン・ジェフンの意志なんだろうか?もっとも、この「豊山犬」は娯楽作品として作られたものだったのかもしれないから、オレの感性がそれを拒んでいるのかな?決して悪い作品じゃないし、そこそこ面白いんだけど、釈然としないんだよね」
サカモト
「ただ、チョン・ジェフンの作品って、前作も含めてですけど、師匠よりも丁寧ですよね。天然爆発なオドロキはないし、凶暴なパワーもないんですけど、キム・ギドク的なものを綿密に、お利口さん的に、リメイクし直したような感覚はあります。お話自体はモロ、キム・ギドクですけど。日本で言えば、黒澤明監督と小泉堯史監督の師弟関係に近いかもしれません」
サイゴウ
「でも、この『豊山犬』、お話自体はいいアイディアだし、面白いことは認めたい。北と南をバイクで結ぶ宅配便屋って、絶対日本じゃ作れないネタだし、実際、ピョンヤンとソウルを三時間で結ぶって、やや強引だけど、あり得ない数字ではない。演じるユ・ゲサンの得体のしれないキャラも、結構いいかもしれない。彼にセリフが全くないのは賛否両論かな。そして、その素性が最後まで明かされないことについては、おそらくハードボイルドであることを貫き通したかったんじゃないかと思うんだけど、韓国の観客にすれば釈然としないかもしれない」
サカモト
「でも、冒頭の彼の活躍、そして北からインオクを連れ出してからは、話は北と南のつまんない諜報物みたいになっちゃいますよね。それが歯切れ悪くて、しかもダラダラダラダラ続くんですけど、意外と韓国映画で描かないテーマかもしれません」
サイゴウ
「そこら辺はチャン・フンの『義兄弟』を思わせるけど、もっと地味。【実際、こういうことがあるのかな】って感じはあるけど、面白いかどうかは別」
サカモト
「肝心の強引なバイク便ぶりを描いたエピソードはほんのつかみ程度で、残りは北と南の政治やら、人間関係やらが醸しだす、ダークな物語ばかりが展開しますが、やっぱり、最後まで38度線越えのサスペンスに重点を置いて欲しかったとは思います」
サイゴウ
「運び屋が、どうやって生身の人間を無事に越えさせるかが、一つの見せ場なんだけど、ツッコミどころ満載だったりする。ああいう強行突破の連続じゃ、こういう仕事は現実的に成り立たないと思うんだけど、それをいったら映画が成立しないから、黙って観るのが大人の姿勢かな?」
サカモト
「インオクが文句ばかりたれて、二人は危機に陥りますよね。あれはリアルといえばリアルですけど、なんだか観ていて彼女にムカツイちゃいます。結局、彼女は脱北しても幸福にはなれず、哀れな結末になってしまうんですが、運び屋や、脱北した高官にすれば、【はた迷惑な女】といえなくもありません。なので、話がメロに突入しても感動できないという…」
サイゴウ
「男女関係が引き金になって悲劇に至る、っていうのは、キム・ギドクのパターンだよな。それと、運び屋が救い出す韓国の工作員が拷問にかけられてケツを負傷してうまく歩けない様子とか、北と南の諜報関係者を狭い部屋に押し込んで殺し合いをさせるシーンなんかも、いつものキム・ギドクのパターンで、だいぶ笑える。あそこら辺の計算外お笑い感覚は、師匠のシナリオがあってこそ、だと思う。でも、チョン・ジェフン自身はそういう発想をするタイプのクリエイターではないように思うから、ちょっと違和感もあった」
サカモト
「一本の作品としては決して悪くはないし、そこそこ面白いんですけど、キム・ギドク作品のクローン的な性格や、それと矛盾する根底でキム・ギドクと相容れない何かが見えてしまう個性、そして商業映画でもなく作家系映画でもないという、折衷加減の半端さと、あんまり記憶に残りそうにない映画です」
サイゴウ
「改めてキム・ギドクが他人に及ぼす力を感じると共に、チョン・ジェフン監督も師匠から完全に離れて作品を撮らないと、本当に評価できる映画は作れそうにない気がした。それがいいか、悪いかは別のことだし、師匠の忠実なクローンである事自体、優れた才能の証なのかもしれないけど、チャン・フンが師匠と距離を置く結果になったことは、ある意味正解だったかもしれない、なんてことを考えさせられた映画でもある」
サカモト
「ただし、【キム・ギドクなんて知らないし、観たこともない】という人であれば、全く別の発見があるかもしれませんね。そういう意味では高いポテンシャルを秘めているかもしれません」
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