日本と韓国の裏側で暗躍する秘密情報機関JBI…
そこに所属する、二人のダメ局員ヨタ話。
★コードネーム 《 サイゴウ 》 …仕事にうんざりの中堅。そろそろ、引退か?
☆コードネーム 《 サカモト 》 … まだ、ちょっとだけフレッシュな人だが、最近バテ気味
韓国映画の箱
(星取り評について)
(★★★★ … よくも悪くも価値ある作品)
(★★★ … とりあえずお薦め)
(★★ … 劇場で観てもまあ、いいか)
(★ … DVDレンタル他、TVで十分)
(+1/2★ … ちょっとオマケ)
(-★ … 論外)
(★?…採点不可能)
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『視線の向こうに』★★★ [韓国映画]
原題
『시선 너머』★★★
(2010年度/2011年4月28日韓国一般公開)
英訳題
『If You Were Me 5』
邦訳題
『視線の向こう/もし、あなたなら…5』
日本公開時の題名
『視線の向こうに』

【真!韓国映画祭2012】にて上映
(STORY)サカモト
第一話『이빨 두 개/歯が二つ』★★★
監督:カン・イグァン(『サグァ/謝過』2005)
中学校の休み時間、チュンヨン(=パク・ジョンウク)は友達と追いかけっこをしている最中に、廊下で遊んでいた女子、ヨンオク(=ソ・オクビョン)の振ったバットが当たり、歯を二本折ってしまう。
担任教師(=キム・トクジュ)は早速、双方の母親を学校で引きあわせ、インプラント治療代を支払うことで決着をつけるが、そこでヨンオク一家が脱北者であることが判明する。
チュンヨンとヨンオクは急速に親しくなってゆくが、貧しいヨンオク一家にとって、治療代は大きな負担だった。
やがてヨンオクは学校に来なくなる。
………………………………………………
第二話『ニマ/니마』★★★
監督:プ・ジヨン(『今、このままがいい』2009)
韓国で就労しているモンゴル人ニマ(=Danzan Davaanyam)。
モーテルの清掃仕事は楽ではないが、決して愚痴はこぼさず、いつも前向きで明るい。
韓国人の中年女性チョンウン(=イ・ジョンウン)が後輩として入ってくるが、彼女は家庭に大きな問題を抱えている。
ある日、ニマたちは一人の若い女性が怯えて隠れているのを見つけ、保護しようとするが。
………………………………………………
第三話『百聞百答/백문백답』★
監督:キム・デスン(『バンジージャンプする』2001、『ノートに眠った願いごと』2006)
新進気鋭の女性デザイナー、ヒジュ(=キム・ヒョンジュ)は上司ソンギュ(=キム・チングン)の誘いを受けて、彼の自宅に赴くが、そこでデート・レイプに遭う。
その場から逃げ出すヒジュだったが、職場ではソンギュのパワーハラスメントを受けるようになる。
大きく傷つきながらも、意を決した彼女は戦う決意をするが、女性であるヒジュにとって、状況証拠は不利なものばかりだった。
………………………………………………
第四話『バナナ・シェイク/바나나 쉐이크』★★★
監督:ユン・ソンヒョン(『Bleak Night/파수꾼』2010)
引越し会社で働くポンジュ(=チョン・ジェウン)と同僚たち。
その中に、謎の外国人ジュノ(=Gambhir Man Shrestha)がいた。
普段は仲のいい、仕事仲間同士だったが、顧客の貴金属類が引っ越し先で盗まれたことから、ジュノに疑いの目が向けられる。
だが、ポンジュにも人に言えない秘密があった。
………………………………………………
第五話『真実の為に/진실을 위하여』
監督:シン・ドンイル(『僕たちはバンドゥビ』2009)
夫(=キム・デフン)は妊娠中の妻(=シム・イヨン)が流産しそうになったことから、夜中、母親(=キム・ソスク)と共に、病院に向かう。
流産の危機は回避するが、待合室に置いた現金や重要書類の入ったカバンを盗まれてしまう。
病院側は監視カメラが回っていることを保証するが、当日、故障していたことが分かると、責任がないとシラを切り始める。
妻はインターネットを使い、世論に訴えようとするが、そこは無責任な発言が飛び交う世界だった。
「約8年前から製作が始まった、国家人権委員会プロデュースの手になる『視線シリーズ』もはや、これで五作目に突入しましたが、よくもまあ、ここまで続いたな、って感じですね」
サイゴウ
「実質的な本数では『女高怪談シリーズ』越えているようなもんだからな。最初、あまりにもコテコテなプロパガンダ映画だったんで、どうなるかと疑問を感じていたんだけど、低予算ながらも最低限のお約束を守っていれば【何をやってもOK】みたいなノリが良かったのか、回を重ねるごとに興味深い作品群が増えた。何事も行政主導になっちゃう韓国らしい企画物ではあるんだけど、無名監督にとっての登竜門的なシリーズにもなってきている」
サカモト
「シリーズ開始当初は、映画バブルの終わり頃だったこともあって、今をときめく有名監督が参加していましたけど、全体的に【人権】というテーマに引きづられる、というか、あまり上手にテーマを消化できていない作品群が多かった気がします。今回はそこら辺、うまくこなれていましたね。おそらくシリーズ中、最も出来が良かったんじゃないでしょうか。どの作品も鮮烈な瑞々しさがあります」
サイゴウ
「かつては、キャリアの浅い監督が手がけると【真面目だけど未熟】っていう印象があったんだけど、今回は既にインディーズで活躍しているクリエイターが集合しているからか、ハリウッドやヨーロッパ、日本その他からの影響をうまく取り入れつつ、新しい次世代韓国映画としての可能性を感じさせる作品ばかりだ。ただ、残念だったのは、一番のベテラン、キム・デスンの作品がいかにも古臭い韓国映画のノリを超えられなかったことと、期待していたシン・ドンイルの作品が【あれ?】っていうくらい生彩に欠ける映画になっていたことだろう。【韓国映画現代見本市】だと思えば、それもそれでアリではあるんだけど、他の三本が傑出していたので、【おいおい、頑張れよ!】と言いたくなった」
サカモト
「そう考えると、若手ユン・ソンヒョンは、これからの韓国映画を担う、期待の星になりうる才能かもしれないですね。プ・ジヨン作品の感性も、ありそうでなかった、なにげで新しいものだったと思います。それでは、個別に観てゆきましょう」
サイゴウ
「まず一本目『歯が二つ/이빨 두 개 』だけど、これって、一種の脱北者物でもある。でも、よくある【悲惨で哀しい】話ではなくて、韓国の異邦人でもある脱北者の日常を描いた内容だ。でも、特殊な事柄ではなくて、あくまでも【韓国での普通の生活の延長】でしかない、ってところが、いい。もちろん、北から南に来て生活する家庭が抱える苦しみ、見えない差別、疎外感といったものは、きちんと内包されているんだけど、何よりも、韓国で暮らす脱北者が増えすぎて、誰もその存在を気にかけなくなった様子がよく出ていた。それって、命を賭けて脱北した人々にとって大問題だろう?」
サカモト
「主人公の少年が、同級生の女の子が脱北者だと知り、興味を抱き、彼女が住んでいた北の街を地図で調べて想いを巡らすシーンがありますが、あれって、とても新鮮でした。【北】であっても、イデオロギーと無縁の少年からすれば、まだ観ぬ異国に過ぎないという…そして、そこら辺から彼が少女に一層惹かれてゆく様子も、視点が冴えています」
サイゴウ
「この作品でなんといっても素晴らしいのは、冒頭の中学校でのシーンだ。脈動感と緊張感は傑出している。こういうところは『視線シリーズ』という自由枠内だからこそ生まれたシーンだろうな。アクションとしても優れている」
サカモト
「娘が同級生の歯を過失で折っちゃって、治療費を賠償する際に、彼女の一家が脱北者だってことが初めて判明するワケですが、その時のキーワードが【インプラント】っていうのも、今の韓国らしい道具立てでした」
サイゴウ
「最近、韓国はインプラント治療が日本よりも盛んらしいからな。そこら辺も韓国的っていえば韓国的。そんじゃ、二番目の『ニマ/니마』に行こう」
サカモト
「ひいきめなしで、この作品もすごくいいです。個人的には最も感覚的にしっくりきましたね。ちょっと日本映画っぽいです。プ・ジヨンの作品は『今、このままがいい』もそうだったんですが、いい意味で日本的な感覚と韓国的な感覚が共存していますよね。別に彼女は日本映画マニアでもなく、日本に居たことがある訳でもないんですが、今までの韓国映画界では、ありそうでなかったセンスの持ち主なんじゃないでしょうか」
サイゴウ
「その代わり、世界観が隘路というか、拡がりを感じさせるタイプのクリエイターじゃないんで、メジャーよりも、『ニマ』みたいな、小さくて地味な作品をコンスタントに作れれば、これからも期待できそうな気がするな」
サカモト
「この作品の好きなところは、お約束のテーマに沿いつつも、それを上手にぼかして、比喩として見事に生かした、ってところでしょう。格差問題や差別といったことを訴える以前に、人としてニマの善良さへ、あくまでも軸を置いているところが感動的です」
サイゴウ
「ネタ的には、韓国の底辺で働く人の姿を描いちゃいるんだけど、モンゴル人のニマが人間的に非常に立派で、衣食住事足りて、いつの間にか緩んじゃった韓国人へ【喝】を入れているようにも見えたな。新人が職場に来るわけなんだけど、そのオバサンが家庭に問題を抱えた韓国人っていうのも、画面の中で色々な対比にもなっているし、それがまた、韓国社会の身近な汎人権問題を訴えているんだけど、声高に主張している訳ではない」
サカモト
「ニマはやや高めのラブホテルのメンテナンス従業員として、客たちの後始末を黙々とこなしているわけなんですが、ウンコが床に転がっていても黙々と受け入れて仕事をしている。これもまた、格差社会の比喩なんですが、あくまでも淡々としているところがとってもいいです」
サイゴウ
「あのラブホテルでの出来事は、日本で騒がれている『韓流』という虚無な看板に重なって見えるよな。【韓国大好き!キャー!】って明洞や江南で無邪気に大騒ぎしている人って、韓国においては、ホテルで脱糞している階層の象徴なんだけど、日本に戻った彼らの現実生活は、黙々とウンコを片付けるニマたちの立場だったりする」
サカモト
「でも、そういった重いものを抱えたドラマではあるんですけど、最初から最後まで悲壮感なんか全く無くて、何事にも寛大でおおらかなニマというキャラの存在が爽やかさすら感じさせます」
サイゴウ
「シーツ回収に来る韓国人のおじさんが、ニマのことが好きなんだけど、あそこら辺も、自然な成り行きだし、癒されるよな。ホント、人を信じる気持ちを大切にした、いい作品だよ」
サカモト
「さて、次の『百聞百答/백문백답』ですが、監督は本作品群中、一番実績があってキャリアも長いキム・デスン監督です。最近、あんまり新作についての話を耳にしないので、久しぶりといえば久しぶりですが、残念ながら、最もつまらない作品でしたね」
サイゴウ
「別に出来が悪いワケじゃなくて、キム・デスンらしさが濃く滲みでた作品なんだけど、他の作品群が今の韓国映画らしい、垢抜けた爽やかさがあったことに比べて、韓国映画の保守的な個性をズリズリと引きずっているので、歩が悪い感は否めない。でも、テーマに対してストレートな分、分かりやすいし、今ままでの『視線シリーズ』に沿った、王道的な作りの一本ではある」
サカモト
「被害者、加害者の立場がはっきり描かれていて、セクハラ+パワハラが人の気持ちをどれだけ傷つけ、生活までを蝕んでゆくかを分かりやすく描いてもいるので、比較的年齢の高い観客なら、受け入れ易いかもしれませんね。でも最初から最後まで気分が悪い」
サイゴウ
「加害者側が、自分のやっていることは至極当然の権利であり、自分がやっていることに、なんにも気がついていない、っていうのがリアルなんだけど、ここら辺は日本も似たようなもんだ。韓国社会のほうが、それを自粛させる機能が働きにくい分、被害者の立場は辛いかもしれないけどな。もっとも、最後にぶち切れて大逆襲、っていう手段が許される点が、ガス抜きになっている」
サカモト
「この映画のヒロインは、まさに最後にそれをやるわけですけど、だからといって事件が丸く収まる訳ではないですから、カタルシスはあんまりないです」
サイゴウ
「でも、その後味の悪さ、ペシミステックで陰鬱な部分が、キム・デスンらしいと言えるんだけどな。逆に、キレたヒロイン観て、【ああ、すっきりした】って、観客側が溜飲下すのは、監督としては不本意なんじゃないのかな。それに、どうせ辛い話なら、もっと表現が過激でもよかったと思うよ」
サカモト
「さて、次は『バナナ・シェイク/바나나 쉐이크』です。この作品は歴代『視点シリーズ』各編の中でも、ベスト10入り確実の好編、監督の才気が嫌味なく、ほとばしっている所も高得点です」
サイゴウ
「『Bleak Night/파수꾼』で見せたユン・ソンヒョンの映画的才能の片鱗が嘘じゃなかった、ってことかもな。『Bleak Night/파수꾼』は、撮影その他で大分救われたんじゃないの?みたいな部分もあるんだけど、今回の『バナナ・シェイク』は全く違うネタだ。お話自体は、シリーズのお約束に従ったオーソドックスな話なんだけど、俳優たちの動かし方が自由闊達で素晴らしいし、ちょっとやり過ぎかもしれないが、タイトルに沿った映像設計も鮮烈だ」
サカモト
「一緒に働いて暮らしている仲間なのに、いざとなったら素性不明の外国人だから窃盗の疑いを真っ先にかけられる、濡れ衣を着せちゃうって、ホント、嫌な話なんですけど、出てくる人々がいい人ばかりなので救われています。人間の性善説を扱った映画としても、いい作品ですよ」
サイゴウ
「謎の外国人がどこの国の人なのか、最後まで明かさないのもGOOD。演じているGambhir Man Shrestha自身が、どこの人かサッパリ分からないのもいい。彼を振り回す相棒演じたチョン・ジェウンは日本の宮藤官九郎をちょっと連想させるんだけど、好演だ。この二人の珍妙なキャスティングを得ることが出来た段階で、この企画は成功したのも同然、って感じだな」
サカモト
「監督ユン・ソンヒョンの方向性はどうなるのか、まだまだわかりませんけど、また一人、注目すべき才能が出た、ってことでしょうね。それが、この『バナナ・シェイク』が持つ、もう一つの大きな意味でしょう」
サイゴウ
「さあて、トリは、やはり韓国映画界の重要な才能、シン・ドンイル監督が手がけた『真実の為に/진실을 위하여』なんだけど、正直がっかり。やっぱり彼の作品って、期待しちゃうと、ダメなのかもしれない」
サカモト
「【期待しないからこそ、驚きがある】っていう側面は否めませんからね。だけど彼くらい、【どよーん】として、世間から嫌がられるリアルな人間ドラマに立ち向かって、しかもインディーズ枠でコンスタントに撮り続けているクリエイターは、やっぱり韓国では希少だし、才覚が尖っていることも事実です。底抜けに作風が地味なんで、マスコミ受けするタイプじゃありませんが、やっぱり2000年以降における、韓国を代表する監督の一人であるべきだと思うんですよ」
サイゴウ
「でも、『バナナ・シェイク』や『ニマ』なんかと比べると、【もう歳?】みたいなものを、正直、感じたよ。『視線シリーズ』にはぴったしのように見えて、今回一番滑っていたような気がした」
サカモト
「こういう事言っちゃなんですけど、なんだか、作り手側がノレなかった企画、っていう風に見えました。『나의 친구, 그의 아내/俺の友達、奴の妻』のしょぼい二番煎じみたいで、元気がないです」
サイゴウ
「監督はそんなに若い人じゃないが、いい意味で【青い】部分が魅力的だと思うんだけど、今回は、完全に【おっさん化】しちゃったみたいで、凡庸な出来映え。それと、話も納得行かない。監視カメラ廻していなかったのは病院の責任として責められても仕方ないし、警察に届けないで内部処理で済ませようとするところも、病院側の大きな問題なんだけど、そもそも、カバンを盗まれた方に一番問題があったんじゃないの?」
サカモト
「【自分たちの非を脇に置いて他人を非難する】って、ある意味、韓国人らしいんですけど、ネットを通じて話が拡がり、被害者側に正義があるみたいにも解釈できる展開は、ちょっと図々しい気はしましたね」
サイゴウ
「でも、シン・ドイルのことだから、第三者の口伝えを通じて真実がネジ曲がってしまうことの怖さを描こうとしたのかもよ…とはいいつつも、やっぱり府に落ちなかったりする」
サカモト
「とにかく、生彩に欠けていた作品だったのは残念でした」
サイゴウ
「まあ、結局オムニバスなんで、一本の作品として独立して観ちゃうと、どれも【帯に短し襷に流し】といういつものパターン。それって『視線シリーズ』の慢性的な弱点と言えるかもしれない。総論としてまとめると、どんな感じかな?オレ的にはシリーズで一番お薦めしたい連作だったけど…」
サカモト
「韓国映画の変質や今後を感じさせる作品群ではありましたね。昔から韓国映画観ている人ほど、そこら辺の差異は、分かりやすいかもしれないです。とりあえず、オススメは『歯が二つ』、『ニマ』と『バナナ・シェイク』ということで締めくくりたいと思います」
『怪しい隣人たち』★ [韓国映画]
原題
『수상한 이웃들』★
(2010年度/2011年4月14日韓国一般公開)
英訳題
『Funny Neighbors』
日本公開時の題名
『怪しい隣人たち』

【真!韓国映画祭2012】にて上映
(STORY)サイゴウ
そこは倦んだ田舎町、毎日が単調で退屈だ。
しかし、近隣同士は疎遠で、誰が何をしているか、よく分からない。
地元の新聞社に務めるジュンホ(=パク・ウォンサン)は今の暮らしが嫌で仕方なかった。
特ダネといっても、地元のくだらない話ばかり。
かつて司法界を目指した彼は会社を辞めることを考え始める。
彼は隣に住む美女ヘジャン(=ユン・セア)と知り合うが、彼女は認知症の母を世話しながら一人息子を育てるシングルマザーだ。
ヘジャンが地元のサロンで働いていることを偶然知り、二人は急速に近づいてゆく。
一方、ジュンホの妻ミラ(=チョン・ミジョン)は地元の小学校で教師をしているが、姑息で腹黒い校長や同僚教師たちにウンザリの毎日。
彼らは教師としての倫理や道徳を振りかざしながら、若輩のミラにたかるだけだ。
ジュンホの後輩、ミンギ(=ユン・ヒソク)は新聞社のカメラマンをしている。
ある夜、街で正体不明の美少女ユンミ(=ユン・スンア)を拾ったことから邪心にかられ、彼女に導かれるまま、家にやって来るが、なにか様子がおかしい。
やがてミンギはビニール箪笥の中であるものを見つけてしまう…
退屈な日常を通して、希薄化する人間関係を描く準オムニバス作品。
「この作品も、一応コメディ路線なんだけど、基本は真面目なドラマだし、監督としてはあんまりドタバタ・コメディの方向に振りたくなかった、って感じだな。でも、誰が観るための映画なのか、よくわからないというのが第一印象」
サカモト
「オムニバス構成になってはいるんですが、そこら辺が、かなり緩い作りになっていて、あんまり意味を感じなかったですね。語り口のアクセントにはなっていたのかもしれませんが、小さな田舎町の小さなコミュニティで起こった、つまらない諍いを地味に描いただけなので、技法を凝らしてもパッとしない、って感じですか」
サイゴウ
「ただ、【地味でパッとしない】という点は決してマイナスばかりでもなくて、田舎の生活はよく描けているよ。あの独特の閉塞感というか、停滞感や、そこで一生を終えてしまうんじゃないか、という焦燥感でキャラクターたちがあくせくする姿は、悪くない」
サカモト
「でも、話に山場はないし、オムニバスにしている分だけ散漫で深みも無いし、生真面目なので、笑えないし。キャストも舞台では定評ある俳優や、TVでお馴染みの中堅ばかりなんですが、映画俳優としては無名過ぎるし、ってな具合で、セールスポイントが見いだせない作品です。演出も的確で、端正なんですが、あまりに教科書的なカットの見せ方や、つなぎ方なので、逆に映画をつまらなくしている…」
サイゴウ
「監督のヤン・ヨンチョルって人は、大学の先生らしいけど、まさにそんな感じの作品だな。カット割りの授業に適した教材かもしれないけど、どこか外れた野蛮さや破天荒さがないと、映画って、ホントつまらなくなっちゃう、っていう見本になっているから、学生にとっては反面教師的作品かな」
サカモト
「低予算であることも、やっぱり裏目に出ていたと思うんですよ。田舎町の人間関係を描いた、っていう一番の理由は、演出家としての狙いというより、予算を合理的に使うためのプロデューサー判断という感じの選択ですよね。地味なら地味で、徹底してつまらない生活を描くという方法もあるかとは思うんですけど、エンタティメントにならない対象をエンタティメントにしようとしている。作り手の常識的かつ理知的な部分を感じなくはないんですが、それだけじゃ、やっぱり映画は面白くならないという…面白くするために必要な【+α】が、大きく欠けている作品でした」
サイゴウ
「学校教材として使うのであれば、その【+α】とはなんであるか?ということを考えるヒントになるのかもしれないけど、あまり楽しい教材ではないな」
サカモト
「最後まで退屈な【教科書的映画】といったところですかね」
サイゴウ
「この手の作品の難しさの一つに、キャスティングが地味過ぎて、世間の関心を呼びにくい、っていうことがあるんだけど、その点でも典型的な例かもしれない。中堅もしくは脇役として、よく見かける上手な俳優ばかりだけど、脇で光っているからといって、主役に据えても輝かないという、見本だな。結局、主演を張る【スター】は【=俳優じゃない】っていう、これまた具体例なのかも」
サカモト
「でも、素性不明のお隣り美人を演じたユン・セアが格好良くてカリスマ性もあって、なかなか輝いていましたよ。メジャー作品では主演を張れない女優かもしれませんが、こういう魅力を発見できることが、低予算インディーズの面白さでしょう」
サイゴウ
「物語にも、もう少し、明確な核になる事件があれば面白かったんだろうけど、色々詰め込んじゃったので、結局、何が描きたかったのか、よくわからないお話だった。小学校教師連中の浅ましさと狡猾さだけが、なにやらリアルだったけど、これが一番訴えたかったことだったのかな?」
サカモト
「褒めたいけど褒められず、貶そうにも貶し難いという…根っ子がとても真面目なので、【つまらん!】で切って捨てるのもなんだか、気が引けるし…」
サイゴウ
「ここ数年、インディーズ系が盛り上がったせいか、ベテランの領域に入ったクリエイターたちの作品も増えているんだけど、正直、【誰が観るのやら】という印象の作品ばかり。若手なら【次があるさ】で済むけど、ある程度キャリアがあると、そうはいかないから、心配になっちゃう」
サカモト
「【インディーズ】という枠を通して、キャリアのある中堅やベテラン監督たちの巻き返しも期待したいんですけどね…」
『召命3 ヒマラヤのシュバイツァー』★ [韓国映画]
原題
『소명3-히말라야의슈바이처』★
(2011年度/2011年4月7日韓国一般公開)
英訳題
『Calling3』
邦訳題
『召命3 ヒマラヤのシュバイツァー』

(STORY)サイゴウ
韓国の医療宣教師カン・ウォニ医師は、80歳近い今(映画撮影当時)でも、チェ・ファスン夫人と共に韓国内や海外僻地へ、医療ボランティアとして飛び回っている。
彼は延世大学の前身、セブランス医学校(延世大の前身)出身者初の医療宣教師でもあった。
朝鮮戦争中、北の故郷から韓国へ逃れる途中の悲惨な体験は、彼を医師の道へと進ませることになる。
やがて開業医として成功するが、医療で儲けることに疑問を感じ、全てを辞めて、今の立場に至っている。
ある時は戦火渦巻くアフリカ、ある時はアジアの僻地、またある時は韓国内と、精力的に仕事をこなしてゆくカン・ウォニ医師とファスン夫人。
ヒマラヤの麓へ赴任した彼らと、共に医療に携わる仲間たちの姿、そして地元の人々との交流を描く。
「さあてと…紹介するにはイマイチ気の進まない一本ではあるけれど、『召命』シリーズもいつの間にやら第三作目に突入、どうせ続けるなら『女高怪談』シリーズに拮抗する連作に成長してほしいなぁ…なんて思うわけ無いだろ!でも、どうせなら、その気概でやって欲しい気も最近、少しするな。冗談抜きで10作、20作とホントに続けることができたらば、このシリーズは宗教啓蒙モンを超えた、人間賛歌のドキュメンタリーとして韓国映画史に残ることができるかもしれない。今回はちょっとだけ、そう思った。本当に【ちょっとだけよ】だけどな」
サカモト
「我々は幾分偏見を交えながら、ずっとこのシリーズを観ているわけですが、逆にここまで続くと、なんだか【頑張れ!】っていう気持ちが、製作スタッフや、被写体になっている宗教関係の人たちに対して、ちょっと生まれて来ているのかもしれませんね」
サイゴウ
「それって、ヤバイ気もするけど、観客がついて行けるのなら、韓国映画においては、意義のある試みになるかもしれない…といいつつも、被写体になる人物によって、感動や映画のインパクトが極端になっちゃうのが、このシリーズの問題かも。今回は三作中、一番、映像美溢れる仕上がりになってはいるけど、前作以上に驚きはないし、演出スタイルが、なにやらくどいのが気になった」
サカモト
「今回は主人公であるカン・ウォニ医師夫婦に、スタッフが皆、心酔していたんですかね?」
サイゴウ
「映画の面白い、つまらないとは別に、カン・ウォニ医師夫婦という人たちは、そういう第三者を惹きつけるような人たちではあったとは思うよ。とにかく、職務への姿勢がプロに徹していて、無謀な情熱よりも、職業人の冷淡さを感じたくらいだ。でも、それが世界中の僻地で活躍する医療宣教師の【リアル】なんだろう。そして、彼らがそこに到るまでの経緯と年月を考えると、宗教的好き嫌いは全く別として、本当に立派な人達だと思う。今回、いままでとちょっと違うのは、カン・ウォニ医師が北の出身であり、朝鮮戦争を経験した人であるということだ。だから、医療宣教師という生き方を選択した根底に、そういうものが濃くあることを踏まえて観れば、彼の淡々とした姿は、情熱が成熟して達観した結果なのかもしれない」
サカモト
「カン・ウォニという人も、この世代のインテリに共通する、独特のキャラクターを持っていますよね。今の日本や韓国では、ほとんど見かけなくなったような、なにか懐かしい面影を感じさせる人物でした」
サイゴウ
「ただ、やっぱり残念なのは、取材スケジュールの問題ないのか、そこら辺の人間的魅力が十分に観せられなかったことだ。【あれっ?それで?次は?】という感じで映画は終わっちゃう。そこら辺がドキュメンタリーの難しさだよな。でも、日頃全く馴染みがない【医療宣教師】という仕事が具体的に分かるという点では面白かったかもしれない」
サカモト
「それに、カン・ウォニ医師は決して、外国でばかり仕事をしているわけじゃありませんからね。ちゃんと韓国内でもこなす職務というものがあって、そこも、今までの定住型宣教師を描いた前二作とは大きくことなる部分かもしれません」
サイゴウ
「特定宗教が仕事の骨子になってはいるけど、前二作で描かれた人たち以上に、カン・ウォニ医師とその奥さんがプロに徹していて、私情をヘタに挟まない割り切った姿勢が【かっこいい】。そういう風にいっても失礼じゃないだろう。カン・ウォニという人は、古いインテリ特有の、豪快でユーモラス、だけど真面目な人柄が魅力的だし、奥さんもまた寡黙だけど、言いなりってワケじゃなく、パートナーとして仕事を支えている。この作品で映しだされる二人を観ていると、結局、このシリーズは登場する人物像の魅力で大きく左右される企画なんだろうなあ、とやっぱり思っちゃう」
サカモト
「『泣くなトンズ』のように、当人を置き去りにして、周りが個人を美化してしまうような不自然さや、個人崇拝に対する反発を、この作品に感じなかったのは、医師夫妻のドライな姿勢が、常にあったことは大きかったと思います。故人を描いた作品ではない、ってこともありますが…」
サイゴウ
「このドキュメンタリーで舞台の中心になったネパールの街も、結構、普通の場所、ってとこもミソかな。僻地だけど、街並みや病院は立派だ。そりゃ、今の日本や韓国より、遥かに不便で貧困かもしれないが、これまでの作品とは、そこら辺がちょっと異なる。でも、それゆえ、製作側に地元の人々をリアルに描く余裕が生まれた、って感じかな」
サカモト
「病院で治療を受けていた女性が亡くなり、ガンジス川ほとりの火葬に附される様子が印象的でした。ロケの場所柄、必ず出てくる定番のシーンなんですが、特定宗教印を掲げていても、医療スタッフたちは偏った宗教的信念だけで、異郷に来ているわけじゃないってことが、伝わって来ます」
サイゴウ
「演出はベタなんだけど、視点は今までで、一番醒めていたのかもしれない。ネタ不足感は否めないんだけど、宗教的信念に従って生きる異邦人たちの姿を、案外、客観的に捉えていたドキュメンタリーだったのかもな。シリーズの中では、一番、宗教啓蒙臭が希薄だったような気もする。これって、強烈なヒンドゥー教の社会を舞台に描いたことが良かったのかもしれない」
サカモト
「なにせ、登場する地元の人たちは誰一人、韓国の一団が持ち込もうとしている宗教へ帰依しているようには、全く見えませんでしたからね。でも、それ故に、異郷で働く韓国人医療宣教師たちの真の志も、チラリと垣間見えくる作品だったのかもしれません」
『敵との初恋』★+1/2 [韓国映画]
原題『적과의 동침』★+1/2
(2011年度/2011年4月27日韓国一般公開)
邦訳題『敵との同寝』
日本版DVD題名『敵との初恋』
勝手に題名を付けて見ました
『ソクジョンリ住民虐殺事件』

(STORY)サイゴウ
朝鮮戦争が始まった。
だが、山奥にあるソクジョン里は噂ばかりで平穏そのものだ。
村一番美人で唯一の教師ソリ(=チョン・リョウォン)はインテリ青年との婚礼を控え、慌ただしい。
だが、その平和は続かなかった。
北朝鮮軍が南進に伴い、村近くに橋頭堡を確保、人権派の政治将校ジョンウン(=キム・ジュヒョク)率いる部隊が突然現れる。
そこで、強いものに媚を売ることで有名な嫌われ者のペク(=キム・サンホ)は、にわか人民軍シンパに早変わり、さっそく村をとり仕切る。
村の中堅ジェジュン(ユ・ヘジン)たちは不要な軋轢を避けようと、自ら貴重な牛や米を差し出し、人民軍一行にさっさと立ち退いてもらう作戦を開始するが、武闘派の小隊長(=ユ・ハジュン)に、そんなごますりは効かなかった。
北朝鮮軍は村の物資と子供を含めた男達を容赦なく徴集するが、密かに、いざとなったら村人を皆殺しにする命令を受けていたのだ。
そんな事情を知らない村人たちは北朝鮮軍に必死に媚を売るが、皮肉なことに、彼らの間には連帯感が生まれて行く。
そして、政治将校ジョンウンは、ソリが愛読する詩集が父の形見と同じものであることを知って、彼女に好意を抱き始める。
やがて国連軍の反撃が始まった。
北朝鮮軍司令部は撤退に伴い、部隊へ村人全処刑の命令を下す。
苦悩するジョンウンと小隊長が選択した最後の決断とは。
実話を元に描く、朝鮮戦争秘話。
「この映画もまた、朝鮮戦争秘話を叩き台にした、とりあえずの実録物」
サカモト
「そこまで史実に忠実っていうことでもないとは思いますけどね。金大中政権の太陽政策以降、一ジャンルになった感のある【北朝鮮もまた同じ人間です】路線の企画」
サイゴウ
「オレは現代史に興味あるから、こういう作品は期待しちゃうんだけど、派手で凝った作りの割には、テーマが見えてこない映画でもあった」
サカモト
「一応【コメディ】ってことなんでしょうけど、そういうネタじゃないし、全然笑えません」
サイゴウ
「やっぱりこういう企画は熱く、シビアに描かないと面白くないよ。それに人間ドラマは結局、いつもの【北にもいい人はいるけど、上が悪い】みたいなステレオ・タイプに収まってオシマイ」
サカモト
「そして韓国側は【田舎の人は心が純粋だけど、中には悪い奴がいて…】というパターン」
サイゴウ
「それはキム・サンホ演じる、村の実力者で嫌われ者の【変り身のペク】なんだけど、実際、あれって一番現実的なキャラだし、ああいう身の振り方は、日本より韓国の方が普通の処世術なんじゃないの?だから、声高にあの変わり身ぶりを批判する気になれないな」
サカモト
「生き残るための方便って奴ですね。そして【悪の組織】を象徴する人民軍のお偉いさんは、まるでショッカーの幹部みたい」
サイゴウ
「こういう企画を韓国でやるのは別にいいんだけど、【日本=絶対悪&下劣】という前提が、韓国映画では今だ外せないのと同じで、【北朝鮮=同胞だけど心を許してはいけない】という大前提が必ずあるから、意欲的な企画に観えても、お約束パターンを超えられず、結果は凡庸になっちゃう」
サカモト
「結局『シュリ』がなぜ凄かったのか、って話に戻っちゃいますね」
サイゴウ
「それよりも、朝鮮戦争への関心が薄れていっていることの方が、やっぱり問題だろうな。この映画も宣伝の割には、みるみる上映規模が縮小していったからな。もちろん、この作品自体に観客を引き寄せる力が無かったから、観客にソッポ向かれちゃうのは当たり前なんだけど、それ以前に【北】に対する意識の【無さ】の方が、興行の問題より重大な気もする」
サカモト
「でも、今の韓国の生活を思えば、【北】という事象は、自分たちと真逆な存在であって、リアリティがない相手ですよ。二十年くらい前、日本のおばちゃんに【韓国】っていっても【怖い!気持ち悪い!】って程度の答えしか返って来なかったことと、似たようなものではありませんか?」
サイゴウ
「日本の【韓流】みたいに、【北】という記号に【夢のあるブランド力】つけないと、これからも『敵との同寝』みたいな企画は苦戦を強いられるだろうな」
サカモト
「それに、この作品、かなりお金が掛かっていたと思うんですけど、長尺にするには話に少々無理があったんじゃないでしょうか。それもまた、映画が退屈だった原因だと思います」
サイゴウ
「戦闘シーンなんかはかなり派手なんだけど、ど田舎で起こった小さな話だから膨らませようにもそれが出来なかった、って感じだな。つまらない水増しエピソードを無理やり挿入して、尺ばかり長くなっちゃった」
サカモト
「群像劇にしたのも、失敗だったと思いますよ。主人公を明確に決めて、そこを中心に物語を広げればもっと面白かったんじゃないかと」
サイゴウ
「でも、深く掘り下げるには、これまた登場人物が凡庸すぎて、掘り下げようがなかったんじゃないの?それをやると『敵との同寝』なんて話じゃなくなっちゃうだろうし。例えば、キム・ジュヒョク演じる人民軍政治将校チョンウンって、当時としては大変なエリートで、広い見識でものを考えられる人物として描かれているんだけど、彼が【なぜコミュニストになったのか】だとか、【海外にいた時、どういう経験をして来たのか】を描く方に力を注いだとしたら、全く別の話になっちゃうんじゃないだろうか?」
サカモト
「結局は、父親が反日の闘士で、卑劣な日本軍に目の前で惨殺されちゃったのが一番の原因みたいな、韓国の一般大衆には分り易い設定ですからね。だから、彼の立場を築いた動機や成り立ちを描いているようで描いてなかったりします。でも、お約束から逸脱すると、韓国のマーケットで甚だ都合の悪い、自己による歴史観批判になっちゃう危険性はあるかもしれません」
サイゴウ
「チョンウンというキャラは、親の意志をネガティブに引き継ぐんじゃなくて、それを超えようとする人間として描いた方が、映画としては魅力的だったよな。冷酷な復讐鬼にしちゃっても、面白かったと思う」
サカモト
「映画じゃ、はっきり言っている訳じゃないんですけど、チョンウンの父親って、おそらく中国共産党のメンバーだったと思うんですよ。それゆえ、中国側と協力して抗日活動やっているわけなんですが、こういう描写って、いままで韓国映画でほとんどなかったですよね」
サイゴウ
「そういう部分も、史実として掘り下げて欲しいと思うけど、やっちゃうと、やっぱり『敵との同寝』じゃなくなっちゃうだろうな」
サカモト
「武闘派の小隊長が魅力的だったので、彼を主人公にしても、面白い映画になっていたのではないか?とも思いましたけど、どうでしょうか?」
サイゴウ
「あの役は、ユ・ハジュンの熱演かつ好演もあって、北のキャラでは唯一、意味のあった存在だったな。いい意味で暴走気味だったんだけど、彼がいたから、なんとか作品は本来のテーマにギリギリ踏みとどまっていられたような気がする」
サカモト
「ユ・ハジュンについては、この映画一番の収穫でしたね。彼が最後に立場を敢えて引っくり返して、村人を守ろうとするところは、最高に感動的なシーンでもあったし…それに比べると韓国側のキャラは、本当にショボショボでつまらない連中ばかり」
サイゴウ
「ユ・ヘジンやビョン・ヒボンといった【いかにも】な安全牌が配役されている段階で、どういう風になるか見えちゃうもんな。どうせなら、キム・サンホを主人公に据えちゃえばよかったんじゃないのか?」
サカモト
「武闘派小隊長と対照的だけど、出自は似たもの同士、みたいなキャラですからね」
サイゴウ
「そもそも、キム・ジュヒョクに北の軍人役を当てた段階で、この企画は失敗だったと思う。彼の【おとぼけ】センスを狙ったのかもしれないが、映画はとにかく笑えないので、キム・ジュヒョクの硬い部分ばかりが目立って、それが結局、作品全体のイメージに影響を与えてしまった気がするな。だから、ユ・ヘジンやビョン・ヒボンは一層空回りするばかり」
サカモト
「群像劇としてうまくシナリオが展開していないので、女優陣もキャラが弱くて、男連中以上に生彩ないですし」
サイゴウ
「ヒロインのチョン・リョウォンはエネルギーが元々無いというか、影が薄いこともあるんだけど、『김씨 표류기/彼と私の漂流記』では、それがうまくハマった。でも、今回は完全なミス・キャスト。もっと図々しくて強いおばさんキャラの方が、物語が映えたと思うよ」
サカモト
「戦争映画としてはどうですか?結構、大掛かりですけど」
サイゴウ
「戦闘シーンは確かに迫力があるし、音響演出の点では、今の日本でここまでやれないだろう。だけど、しまりなく、いつまでもダラダラ・ドンパチが続くので、すぐ飽きちゃうし、こういうシーン自体、韓国映画では既に飽食状態なんで、ウンザリって、感じかな」
サカモト
「いい部分を見出そうとしても、ダメな部分の方が圧倒的なので、弁護しようがない映画なんでしょうかね」
サイゴウ
「決して、全てがNGっていうワケじゃないけど、【大作だけど見所なしの長尺退屈作品】ってことなんじゃないのか」
サカモト
「こういう企画は、コンスタントに作り続けて欲しいんですけどもね…」
サイゴウ
「朝鮮戦争をテーマにして若者向けの映画を作ることは、今もこれからも、どんどん難しくなって行くんじゃないのかなぁ…」
『ちりも積もればロマンス』★★ [韓国映画]
原題『티끌모아 로맨스』★★
(2011年度/韓国一般公開11月10日)
英訳題『Penny Pinchers』
日本公開時題名『ちりも積もればロマンス』
※2012年第四回沖縄国際映画祭にてプレミアム上映

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(STORY)
ジウン(=ソン・ジュンギ)は大学を出ても職が決まらず、母親の経済援助を受けて、気ままな暮らしを送りつつも、就職活動に苦しむ日々を送っていた。
遂に万策尽き、お金もなくなり、部屋を追い出される直前、彼を救ったのは隣りに住む奇妙な女、ホンシル(=ハン・イェスル)だった。
徹底した節約と自給自足の生活、小銭になることはなんでもやるという、がめついホンシルはジウンに、自分の廃品回収ビジネスを手伝うよう、申し出る。
身の回りや田舎の廃屋に放置されていたオモチャや小物が、今のソウルではバカにならない利益になるのだ。
やがてジウンは、他人のことなど全く無関心に見えるホンシルが、悲しい過去を背負っていることを知り、徐々に惹かれてゆくが、ホンシルが開発業者の立ち退き計画に便乗して小銭を稼いでいたことを知り、彼女と袂を分かってしまう。
だが、ホンシルも窮地に追い詰められていた。
信頼していたベンチャー企業の社長(=イ・サンヨン)に騙された上、追い打ちをかけるように、大切な母が眠る場所が、無残に再開発されてしまう事実を知らされるが、それを止める手立てがないのだ。
ホンシルを誤解していたことに気がついたジウンは、彼女が母の遺骨を託した一本の木を取り戻そうと、奮闘を始める。
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サカモト
「この映画、なにやら、先日開かれた某映画祭で、【プレミアム上映】されたらしいですよ。地味な作品ですけど」
サイゴウ
「へー。でも最近の日本じゃ、格段珍しいことではないけどな。それなりの配給ルートが確立されて【ほぼ日韓同時公開】が増えたし、TVドラマで特定俳優の固定ファン層を日本でつかめば、売上も想定しやすくなったから、昔に比べれば、地味な映画でもリスクを抑えられるんだろう。日本市場で淘汰が進んでしまい、韓国側は昔ほどボッタクリができなくなったみたいだから、本音じゃ、もっとメジャー作品で大々的に【憎き日本】から銭を吸い上げたいんだろうけどな…今のうちに。だから、公開本数が増えても、心境はそれなりに複雑なんじゃないの?」
サカモト
「それでも、日本の映画祭では、韓国の【インディーズ系】映画を最近、優待しすぎ、過剰に上映しすぎじゃないですか?それに【小さな映画】といっても、実は大手や中堅が裏で画策しているような作品ばかりだし。本当の【貧乏インディーズ】はスポイルされているような気もします。この『ちりも積もればロマンス』も、見かけはインディーズ色が強い作品ですが、主演のソン・ジュンギ人気があってこそ、っていう、準メジャー作品ですよ」
サイゴウ
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。汚い言い方だけど、今の日本じゃ、配給する側も、観る側も、韓国映画に対して、作品性なんか、二の次、三の次だろう?刹那的に【カッコイイ】【流行っている】でOKなのが【韓流】なんだから。ソン・ジュンギは、ここ最近、日本でも人気急上昇中みたいだから、日韓両方で都合がいい一人なんだろう。まあ、オレ的には、彼に恨みがあるわけじゃないし、韓国のTVドラマを観ない主義だから、そんなことは、どうでもいいけどな。でも、最後まで【ハン・イェスル主演】っていう印象しかなかったけど」
サカモト
「ハン・イェスルにとっても、久しぶりの映画でしたけどね。相変わらずインパクト大のルックスを持った女優ですが、こういう作品に出るなんて、意外って気もしましたよ。TVドラマで彼女をお馴染みの人にとっては、また違うんでしょうけど」
サイゴウ
「この『ちりも積もればロマンス』も、ここ数年、韓国で流行りの【微妙系企画】だな。商業作品なんだけど、コストパフォーマンス優先、作品性重視、時事を反映させつつ、作風はえらく古臭い」
サカモト
「私には、よくある、つまらないデートムービーにしか、見えませんでしたけど。TVドラマの人気者をキャスティングして、安く上げるっていう、典型的な安牌企画のような…」
サイゴウ
「もちろん、それはそうなんだけど、重く教訓が含まれてもいて、TVの人気者が主演といっても、全然チャラけておらず、なにげな社会派だ。だからこそ、【メジャーとインディーズ系の狭間】という、【微妙系企画】だったと思うんだよ」
サカモト
「そういえば、この手の韓国映画にありがちな【お金持ちが繰り広げる、トレンディでゴージャスな与太話】でもないし、かといって【貧乏庶民、絶望の恨み辛み節】とも違いますね」
サイゴウ
「就職難で若者が困っているというネタは、イ・ミョンバク政権以降の韓国では定番なんだけど、一概にそれだけの話でもない。主人公のジウンは、定職につけなくて貧乏だけど、それなりに趣味に没頭できる【刹那の自由】もある。これは今までの韓国映画では、あまりなかった設定だと思うよ」
サカモト
「そういえば、ヒロインが廃品回収業で稼いで、日用雑貨は巷のサービス品を着服している、っていうのも、今の韓国だからこそ、成り立ったネタですね」
サイゴウ
「でも、そんな倹約家なのに、怪しいベンチャーに騙されちゃう、っていうのも、今の韓国を象徴しているかのようだ。だから、そういった【現代韓国】への社会批判を含めつつも、TVドラマの人気者を配して、【いかに効率的に作品性とパフォーマンスを成立させるか】っていうのが、この映画一番のテーマだったんじゃ、ないのかなぁ?」
サカモト
「ここ十年の韓国映画は、【大儲けして、いかに利益配分できるか、ハリウッドと肩を並べられるか】みたいな【見栄】が、ひとつの特徴なんですが、映画というものはどこの国でも、作家性や作品性も両立させないと、肝心の投資先も買い手も見つからない、という矛盾を抱えています。そして韓国の場合、何よりも国内市場優先の安易な企画ばかりでは、いつまで経っても国際的ヒエラルキーが上がらず、大きなマーケットの外国に売れない、っていう事情がありますからね。コストパフォーマンス重視の方向に行くのは当然の帰結でしょう」
サイゴウ
「【国際的ヒエラルキーの向上】っていうのは、韓国人が一番気にしそうなテーマだしな。でも、結局一番のマーケットは、やっぱり韓国自身。その辺の矛盾を解決すべく、作られ始めたのが、この『ちりも積もればロマンス』のような【微妙系企画】だったんじゃないのかな?オレの記憶ではプ・ジヨン監督の『今、このままでいい』辺りが、その嚆矢だったような気がするけど…」
サカモト
「昔みたいな狂乱の映画バブルが弾けた後、どういうわけか、期待薄だったインディーズ系が、突然面白くなって、活況をていし始めたことも大きいでしょうね。でも、メジャーなキャストに作家性を組み合わせた、という意味では、イム・サンスやイ・チャンドンの映画も、そうだったのでは?」
サイゴウ
「彼らの場合、絶対的な作家性が最初にあって、それにスターが便乗した形の映画って気がするし、結構、製作費も掛かっていたんじゃないかな。でも、今回の『ちりも積もればロマンス』は、最後まで安普請の印象しか受けないし、それを補うのがテーマ性や作家性、という狙いが見えちゃう作品だ。そして、デートムービーに見せつつも、単館系のコアなファンも狙った映画だったんじゃないの、ってこと。主演の二人だって、メジャーだけど、俳優としてのヒエラルキーは微妙だろ?」
サカモト
「たしかに、ハン・イェスルにしても、ソン・ジュンギにしてもメジャーではあるんですが、映画俳優としては【まだまだ、全然】かもしれませんね」
サイゴウ
「お茶の間でお馴染みの二人を出すことで、映画ファンじゃない観客層の取り込みを狙ったけど、作り手の真の狙いはリアルな社会批判だった、というヤツ。そこら辺は解釈の問題だけどな」
サカモト
「深読みするとそうなのかもしれませんが、やっぱり基本は、よくある軽薄なラブロマンスでしかないと思うんですけどね。ドラマにちゃんと力を入れていたし、韓国における若者文化もよく描けていたので、そんなに安易ではないと思いますが、特筆すべき面白さがあったかと聞かれれば、それもないですよ」
サイゴウ
「描かれた事象は、締まり屋の日本人感覚に沿ったものなんだけど、逆に【いまさら、こんな節制生活やっている場合じゃないだろ?自覚するのが遅すぎ!】という疑問もある。こういう映画を観るたびに考えるのは、韓国人自身が描く【リアル】と、日本国内で韓流と称するものが描く【リアル】は、どんどんかけ離れて行ってる、という現実」
サカモト
「でも、韓国ドラマ観て、無条件に浮かれて夢見て韓国ウロウロしている日本人ばかりじゃないでしょう?【日本だ、韓国だ、なんだらかんだら】っていうコンプレックスやイデオロギーに囚われないで、あえて直感的にもっと自由に【自分なりの韓流】にハマるという展開は、若い人ならありうると思いますよ」
サイゴウ
「でも、この映画を韓国で観た日本人客って、作品性よりもソン・ジュンギ目当てて来た人の方が多かったとは思うけどな。別にいいけどさ…」
サカモト
「【誰が主演か】という話に戻れば、やっぱり、ソン・ジュンギじゃなくて、ハン・イェスルでしょうね」
サイゴウ
「彼女も、女優として岐路に来ているのかもしれないから、新しいイメージの開拓に必死なのかもしれない。若い人気女優にとって、25歳、30歳越えって、深刻な問題だよ、韓国じゃ…」
サカモト
「日本だったら、まだまだ若手の【おねえさん】なんですけどね…」
サイゴウ
「今の韓国、都市部の一般人だったら、そこら辺、日本と事情がさして変わらなくなったと思うけど、アイコンたる芸能人は、やっぱり別だろ。イ・ヨンエとかキム・ソナは、そこら辺の壁をとりあえず突破できた例外かもな」
サカモト
「…なんて、話がどんどこ映画からそれちゃったんですけど、総論として、この『ちりも積もればロマンス』は、いかがだったでしょうか?」
サイゴウ
「可でも不可でもなし。その中庸路線が足を引っ張った感じもする。出来は決して悪くないけど、主演二人のコアなファン以外は、ちょっと厳しい」
サカモト
「日本では目玉になるはずのソン・ジュンギも、これからって感じですし」
サイゴウ
「やっぱり、確固たるスター、俳優としては、まだまだ弱い。とりあえず、今後とも、奮戦して欲しい、としか言えないな。ハン・イェスルもそうなんだけど…」
『カフェ・ノワール』★★★ [韓国映画]
原題『카페 느와르』★★★
(2009年度/韓国一般公開日2010年12月30日)
英(仏)訳題『Cafe noir』
邦訳題『カフェ・ノワール』
勝手に題名を付けてみました
『疾走する江北の夢、カフェ・ノワール』

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(あらすじ)
現代のソウル。
音楽教師ヨンス(=シン・ハギュン)は教え子の母親ミヨン(=ムン・ジョンヒ)と不倫の関係にあった。
だが、彼には同じ学校の同僚ミヨン(=キム・ヘナ)という恋人もいる。
ミヨンの娘はヨンスと母の関係に気づいていたが、彼女もまたヨンスに特別な気持ちを抱いていた。
ある日、ミヨンの家を訪れたヨンスは不倫のけじめをつけるべく、ミヨンの横暴な夫(=イ・ソンミン)を殺害しようとするが、寸前のところで手を止める。
ミヨンとの関係が終わったヨンスは、ソウル・江北を彷徨するが、清渓川沿いで男に追われるチョンファ(=チョン・ユミ)を助けたことから、ヨンスは新しい恋を予感する。
だが、チョンファは捉えがたい複雑な女性だった。
同じ頃、愛に悩む男女の間を結ぶべく、バイク便屋のウナ(=ヨジョ)が改造した三輪車をぶっ飛ばし、ソウル・江北の街を、時間を超越して駆け抜ける…
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サイゴウ
「いやあー、上映時間198分という長尺に、もろフランスのヌーヴェルヴァーグした題名、映画評論家として高名な人物の初監督作と、観るのにすごく勇気と思い切りが必要だった映画なんだけど、いい意味で予想を裏切ってくれた。こんなに爽快で愉快な韓国映画は、今まであまりなかったんじゃないのかな?」
サカモト
「でも、やっぱり覚悟がいるし、上映劇場を選択し損なうと、映画的拷問になりかねない作品であることは変わりません」
サイゴウ
「オレ的には2011年度最初のMY話題作だったんだけど、こういう作品が韓国でちゃんとした興行できたことも特筆すべきだろう。ここ数年、韓国ではアート系作品を定期的に上映する映画館は増えているけど、実際は経済的にどんどん厳しくなっている、っていうし、良心的なアート系専門館も大企業の社会還元事業みたいな側面が強いから、当然、会社の上層部が変わればどうなるかわからない。もしかしたらこの『カフェ・ノワール』って、ぎりぎりのグッドタイミングで上映できた最後の大物になりかねない映画だったのかもよ」
サカモト
「ちょっと前なら、限定深夜興行でオシマイとか、映画祭枠内だけっていう扱いになっていたことは明白な映画ですもんね。かつてのCGVインディーズ上映館であっても、お約束の二週間興行が出来たか、どうか…でも、こうやって設備がきちんとした複数の映画館でそれなりの上映が出来たことは、サブカルチャーに対する社会の向きあい方が、韓国で大きく変わって来た証拠なのかもしれません」
サイゴウ
「変わって来た、というよりも、以前は日蔭ものだったマイナー志向の人たちが表だって意見表明できる社会になって来た、ってことなんだろう。そもそも、監督のチョン・ジョンイルが難しい映画論評を書く人ってこと自体、いわば韓国におけるマイナー世代のアイコンであり、新しいムーブメントといえなくない。2000年前後の韓国映画バブルの時では逆に、こういう映画を製作してハコにかけることはかなり難しかったと思う。それよりも問題なのは、韓国じゃ、こういうムーブメントが政権やら財閥企業トップの交代やらで、バタッと途絶えてしまう可能性だ。そういう意味でも『カフェ・ノワール』が、韓国サブカルチャーの中でよくある、鮮やかなアダ花になりかねない映画であることは変わらない。でも、最後には韓国映画史に残るべき、いや残すべき傑作にもなりうるんじゃないだろうか」
サカモト
「この映画の特徴は全編、フランス・ヌーベルヴァーグへの敬意とパロディ、そして愛情に満ちていることですよね。ある部分はジャン=リュック・ゴダール的、ある部分はフランソワ・トリュフォー的と、原典からの引用を言い出したらそれこそキリはないんですが、全体の印象はジャック・リヴェット作品に近いものを感じました。長尺って部分も含めて」
サイゴウ
「そこら辺が、この作品の長所でもあり、短所になりうる部分でもあるよな。熱狂的フランス映画支持者から観れば、単なるトレースやサルまねでしかないだろうし、韓国嫌いから観れば、パクリってことになっちゃう危うさがある。でも、オレはこの映画が決して先代たちの古典のパクリだなんて思わないし、100%以上オリジナルに満ちた素敵な映画だと思うよ」
サカモト
「そこら辺、日本のうるさ方が観たらどうなんでしょうね?フランス・ヌーベルヴァーグへのリスペクト、という前評判の段階で、ひどい拒絶反応を示す人もいそうな気がしますが、ちょっと、そこら辺を知りたいですよね」
サイゴウ
「映画に物語はあるけれど、起承転結に則った話じゃなくて、あくまでも登場人物たちの断片的なエピソードを並べた、って感じだ。実際、描かれたドラマなんてどうでもいいようなお話だから、そういうものを求める映画じゃないし、チョン・ジョンイル監督も最初から、そんなものは目指していなかったと思う。映画的断片が重なることで、観る側に一つの世界が成立してくる、そして本当の物語は観客一人一人が作り上げるべきだ、という感じかな。極めて散文的だから、ポップコーン食べて、コーラ飲みながら呆けて観ることができる映画ではないけれど、パズルを解くというか、模型作っているような楽しみがある作品だな」
サカモト
「そしてもう一つ最大の見所は映像美でしょうね。観るときは是非、ソウルにある『サンサン・マダン』のようなデジタル上映施設が優れた劇場で観て欲しいです。上映館いかんでは、印象がガラリと変わるでしょうね。プリントに焼いて上映しても違うニュアンスの映画になりそうです」
サイゴウ
「たしかにオレたちは、『サンサン・マダン』で観たから、好印象の作品になった、ってことは否めないな。ソウル劇場やら大韓劇場のような最低の映画館で観たら、もっと別だったかもしれない。そういう神経質というか、気難しい部分を持ち合わせた映画でもある」
サカモト
「そしてこの映画最大の価値というか、見所は、【ソウル・江北地域映画】でもある、ってことでしょう。ソウル旧市街の魅力と面白さ、そして凍てついた冬の光景を、こんなにカッコよく切り取った映画はそうそうないですよ。映画には江北年代記みたいな面もあるんですが、それがとても魅力的です」
サイゴウ
「どれも見慣れた風景なんだけど、清渓川付近をこうも執拗に追った映画は類を見ないし、乙支路や鐘路の新旧混じり合った街並みを、こんなに素敵に描いた映画も観たことがない。これって、監督の江北地域に対する愛があったんだと思うよ。これらのシーンだけでも、この『カフェ・ノワール』を観る価値がある」
サカモト
「でもその分、ソウルという街に、愛情やお馴染み感覚がない人には【なんのこっちゃ?】みたいなものも持ち合わせていますけどね。東京の銀座や築地辺りをこだわって描いているのに近いものがあって、江南がオシャレで最先端、明洞や南大門がソウルの中心、なんて頑なに思い込んでいる人たちには、価値が薄いと思います」
サイゴウ
「ソウルを歩いていると、この街でしか得られない心象に、昔からよく捉えられるんだけど、それを自分で写真に収めてみようとしても、なかなかうまく行かない。でも、これはTVや映画も同様で、この独特の感覚を的確に捉えたものは、今まで韓国の作品でも観たことがなかった。ユン・デヨン監督の『ソウル』でも、そこら辺をかなりこだわって撮ってはいたんだけど、イ・ミョンバク政権以降の、外国人用観光地と化した光景ばかりが画面に並んじゃったから、ソウルという街の深層にある見えない具象をうまく描いたとはいえなかった。だけど、『カフェ・ノワール』は江北の新旧入り乱れた風景を、清渓川を中心にスケッチすることで、ソウルという街の現代史を見事、掬い取ることに成功した、って気がする。まあ、オレの勝手な想像、誤解かもしれないけどな」
サカモト
「舞台になった季節が冬だったことも、映画が魅力的になった大きな理由ですよね。あの韓国ならではの光加減が醸し出す風景は、他の季節じゃ難しかったと思いますよ。そして、これは媒体がデジタル・カメラだったからこそ出来たことでもあるんですけど、自動車やバイクを使った長―い、長―い移動撮影も、魅力を引き立たせる大きな要因になったと思いますよ。ああいうシーンって、やってみると、つまらなくて退屈なだけだったりするんですけど、この映画は、とっても軽快で爽やかです」
サイゴウ
「そう、この『カフェ・ノワール』は、まさに【疾走するソウル】という街の面白さをズバリ切り取った映画でもあるんだよな。ある意味、街が主人公のアクション映画だ。全編を通しての音楽も凄くいいので、是非OST出して欲しいぞ」
サカモト
「街自体が大きなテーマであり、それがうまく表現出来ている分、俳優たちは何処かへ行っちゃった、って印象も否めないんですが、それはそれでいいと思うんですよ。表向きは音楽教師ヨンス演じるシン・ハギュンが主人公っていうことなんでしょうけど、彼が関わる不倫の話はホント、どうでもいいし、監督もそこら辺、映像詩篇を表現するための方便ってことでやっていた気もします。もっとも、シン・ハギュン以外に誰がヨンスの役割を果たせたか、っていう事もあるので、彼だからこそ成立しえたキャラだったとは思いますけど」
サイゴウ
「オレは運び屋ウンハ役のヨジョンが印象に残った。あのヘンな運び屋にどういう意味があるんだ、っていう違和感がなくはないけど、ウンハという設定があったからこそ、この映画の疾走感とカッコよさに必然性が生まれたと思うし、ヨジョンのコケテッシュなキャラが、それをうまく際立出せていた」
サカモト
「誰が観ても面白く感じる映画ではありませんけど、ソウルの良さが感じ取れる人には是非観て欲しいし、韓国語が分からなくても、字幕なしで観て欲しい映画です。言語に束縛されない分だけ、この映画の魅力と面白さが際立って伝わってくるんじゃないでしょうか」
サイゴウ
「それと、絶対に劇場で観るべき作品だな。TVやPCで観ると、この映画の魅力はおそらく激減するだろう。そういう点でも、実に映画らしい作品だと思うよ」
『サニー 永遠の仲間たち』★★+1/2 [韓国映画]
原題『써니 Sunny』★★+1/2
(2011年度/韓国一般公開2011年5月4日)
邦訳題『サニー 永遠の仲間たち』
勝手に題名を付けてみました
『激闘!スケバンたちの追憶』

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(STORY)
ソウルで裕福な暮らしを送っているナミ(=ユ・ホジョン)。
忙しい旦那(=ペク・チョンハク)は家庭を彼女に任せっきりで、最近は夫婦の会話がめっきり減っていた。
そして娘のイェビン(=ハ・スンリ)は難しいお年頃。
家族を送り出し、家事を済ませると、ナミは入院している母(=キム・ヘオク)を見舞う。
だが、母はいつも明るく闊達だ。
ナミは病院の特別個室に掲げられた名前が、かつて高校時代の同級生ジュナ(=チン・ヘギョン&カン・ソリ)と同じ名前であることに気がつき、ジュナと二十数年ぶりの再会を果たす。
事業家として成功していたジュナだったが、今は天涯孤独、そして余命短いことをナミは知る。
そこでナミは、「칠공주=七姫」と周囲から恐れられたガールズグループ「サニー」のメンバーを探し出し、再集結を画策する…
…それはオリンピックが終わり、韓国社会が明るい未来に向けて一斉に突っ走っている時代だった。
軍事政権下、巷では民主運動が盛り上がり、デモ隊と機動隊の衝突も絶えなかったが、人の絆も篤かった。
全羅道からソウルにある、ちょっとおしゃれな高校に転入して来たナミは、ひょんなことからガールズグループ「サニー」に気に入られる。
最初に受けた洗礼は、対立する「少女時代」とのメンチきり&悪口対決だったが、臆病なナミの挙動を勘違いした「少女時代」に「サニー」は圧勝、ナミは正式メンバーとして迎えられることになった。
姉御肌の武闘派ジュナ(=カン・ソリ)、孤高のクールビューティー、スジ(=ミン・ヒョリン)に、ミスソウルを目指すボクヒ(=キム・ボミ)、ヒラメ顔で口達者なチニ(=パク・チンジュ)、太めのチャンミ(=キム・ミニョン)、大人しい文学少女オクヒ(=ナム・ボラ)。
不良といっても大したことをするわけでもなく、いつもつるんでいる仲良し同士、それぞれ悩みは抱えていたが、毎日が明るく楽しく輝いていた時代だった…
かつての仲間たちを探すナミと、「サニー」時代を交差させて描く、少女たちのスタンド・バイ・ミー。
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サカモト
「この映画、監督が『過速スキャンダル』のカン・ヒョンチョルなので、かなり関心があったんですけど、観た後はちょっと複雑で、賛否両論、っていう感じですか」
サイゴウ
「正直、前作ほど手放しで賞賛はできない作品だな。だけど、妙に印象の残るというか、引っかかって忘れられない映画なんだよね。とにかく、全てが強烈」
サカモト
「レアでベタな韓国の内輪ネタだし、人間ドラマに力を注いではいても、形ばかりが優先して、底が浅かったりもするんですが、それと並行して、ひどく感動的でもあり、心を掴まれるのも事実なんですよね」
サイゴウ
「前作『過速スキャンダル』は、2000年以降に公開された韓国のコメディでも、歴代トップの興行成績だったし、映画自体も緻密な計算に沿って演出された傑作だった。それを思うと、この『サニー』は対照的、支離滅裂でグズグズだ。でも、その不安定さがあったからこそ、独特の温かさと力強さも産み出していて、観客の心をガッチリ掴んだのかもしれない」
サカモト
「前作以上に観る側が【世代を超えて楽しめる映画】っていう印象は確かにありますね。リアル路線のようでも、実はファンタジーとメロの融合、ヒロイン像にリアリティがなくて、物語は最後まで夢心地のままだし、大人になってからのドラマも滑っているので、ちょっと安易だし、無理があるんですけど、これって、登場する人数が多いから、どうしても散漫になっちゃたんでしょうね」
サイゴウ
「【칠공주】全員にスポットを当てたことは、構成上、ちょっと無理があったな。上映時間があと一時間くらい長ければ、もっと充実したのかもしれないけど、気軽に観ることが出来るコメディではなくなってしまう」
サカモト
「失われた過去への憧れや哀愁という、韓国ならではの、排他的な感傷性もありますよね。それゆえ、韓国で多くの観客に支持されたのかな、とも思いますが、外国人にはややきつい印象も…」
サカモト
「そこら辺、別にオレは気にならなかったけどな。もちろん、当の韓国人とは感じるニュアンスは異なるんだろうけど、1980年代末の韓国って、日本で言えば1960年代から1970年代にかけての空気に雰囲気が近いので、妙に懐かしくて共感できる部分があったりする」
サカモト
「この映画観ていて、どうしても思い出しちゃったのが『子猫をお願い』です。描いているキャラは全然違うし、同系列のジャンルではありませんが、描こうとしてる本質というか、描く側の視点が非常に似ている気がしました」
サイゴウ
「男女っていう違いはあるだろうけど、監督二人の年齢は近いし、『サニー』の主人公達って、『子猫をお願い』を監督したチョン・ジェウン自身と歳がほぼ同じくらいだろ?だから、共通点を感じるんじゃないだろうか。両方を改めて観比べると面白いかもね。両作品とも、ある種の【現代韓国人女性年代記】みたいなもんだからな。もっとも「サニー」の方は女性の描き方が下手だけど」
サカモト
「『子猫をお願い』って、リアリズムとシュールさの度合いが、ちょうどいい塩梅だったんですけど、『サニー』は、よりファンタジー路線だったと思うんですよ。高校時代のエピソードは極彩色だし、当時を再現した美術も凝っていて、かなり大掛かりなんですが、リアルかといえばそうでもなく、非現実的な感じが強い。あれって、製作側の計算だったんだろうな、って気はしましたね」
サイゴウ
「それは大人時代の話になってからも同じだと思うよ。いつも地に足がつかない妙なアシッド感があって、最後まで夢うつつの世界だ。でも、それが狙いであれば、演出的にスゴイことなのかもよ」
サカモト
「だからなんでしょうか、全体的にディフォルメ過剰で、ちょっと引いちゃうような疎外感もありましたけどね。高校生時代なんて、まるで女子実写版『三年奇面組』状態、若い女優のキッチュさに頼り過ぎていたと思います」
サイゴウ
「あそこら辺が、この映画の一番ウケた理由の一つだろうし、オレがこの映画に抵抗を感じただろう部分でもあったな。女優として将来性があるメンツを集めたというより、やっぱり変キャラ重視で選んだ感は否めない。みんな、それなりに演技は上手いと思うけど、漫画的なことを実写で強引にやっちゃうところは、実験的過ぎて、無理もあった。もっと【普通】でよかったんだけどな」
サカモト
「演じる側の年齢が、結構ばらばらなのも、私的には気になりましたね。サニー時代のキャストは許容範囲内として許せるんですけど、大人になってからは、ちょっとバラバラさがひどすぎてアラが目立ち、ちょっと辛い」
サイゴウ
「【칠공주】たち、その後の運命は十人十色だから、老け込み方も違う、っていうことなんだろう。物語上、そこら辺は一応説明されているから、目くじら立てるほどでもないし、結局はコメディ&ファンタジーだから、別にいいと思うけどね」
サカモト
「でも、【学生時代は夢、現実もまた別の夢】みたいな、独特のお約束を飲み込めないと、ちょっと共感できないかもしれませんよ。オバサンになった【칠공주】たちが、ナミの娘を恫喝した女子学生たちに殴りこみをかけてコテンパにしちゃうのは象徴的であっても、【おいおい】みたいな感じで、かなり抵抗を感じましたよ」
サイゴウ
「あそこら辺って、生ぬるくなった今の大人たちに対する批判と牽制だったのかもよ。でも、オレたち日本人にとって1980年代の韓国は、どうしてもネガティブな印象だから、この映画のプログレッシブ過ぎる明るい雰囲気は、正直、戸惑った。当時はパアッと明るく未来が開けて、みんな揃ってイケイケ、ドンドンという活気が溢れていた時代だったんだろうけど、あまりに朗らか過ぎる。それがこの作品のいい部分でもあるし、好きな部分でもあるんだけど、やっぱり違和感はある。女の子たちの家庭が【中】以上で、それなりに経済的恩恵を受けられる立場だったから、一貫して明るいままで済んだ、ってこともあるだろうし…貧乏人の家庭が舞台だったら、ここまではギラギラで異常な朗らかさにはならなかっただろうな」
サカモト
「そもそも、【サニー】連中と【少女時代】連中は、何が不満で暴れているのか、よく分かりませんよね。日本映画だったら、家庭の事情が【どよーん】と加味されて、辛気臭くなりがちですが。クールビューティーのスジに関してだけは、少し家庭の事情が描かれていましたけど」
サイゴウ
「やっぱり【칠공주】たちの実家は生活に余裕があったから、ズベっている余裕があった、っていうことなんじゃないのかな?当時の韓国は、底辺層が今以上にどん底だったろうから、【不良であること】は、もっと陰惨であってもおかしくはないはず。ただ、相対的にみんな貧しかったから、あんまり格差を感じなかったし、連帯感もあった、ってことなんじゃないのだろうか?【칠공주】たちって、そういう偏向した明るさの象徴に見えなくもない。地域差別は、今よりも遥かに酷い時代だったんだろうけど…」
サカモト
「そういえば、ナミ一家は全羅道出身ですよね。そこに実は深刻な裏設定があったのかもしれませんよ」
サイゴウ
「一家の出身に関して、別の社会的なテーマを見出すこともできるだろうけど、【そんなに深い意味があったのかなぁ】って気もする。それだったら、【칠공주】たちが大人になってからの方が、今の韓国社会の問題を内包していると思うしな。社会的に一番成功しているはずのジュナに、見舞ってくれる家族が誰もない、っていう状況は、【女性の社会進出≒家庭的幸せの犠牲】っていう、やや古風な問いかけにも見える」
サカモト
「そこら辺が、やっぱり韓国的なのかもしれませんね。ところで、キャスティングについてはいかがですか。やっぱり注目は、お久しぶり感いっぱいのチン・ヘギョンでしょう。特別出演扱いですが…」
サイゴウ
「ゲソッと老けこんじゃったけど、やっぱり彼女は存在感と迫力のある、いい女優だよ。近頃はセミ・リタイアしているような印象もあるけれど、50過ぎてからでいいから、復活して欲しいな。今回は一種の凶悪さすら漂わせているから、笑えちゃう」
サカモト
「でも、肝心の若手には、意外といい俳優がいなかったですよね」
サイゴウ
「ヘン顔集めたのはいいけど、それに飲まれちゃった、っていう本末転倒な感じはあるな。ナミ演じたシム・ウンギョンは結構器用で、これから期待できる若手女優かもしれないけど、今回はちと、ゲテモノ臭かった。それも彼女の素質の良さなんだろうけど…」
サカモト
「顔はヘンですけど、パク・チンジュが、なんか普通っぽくて良かったです」
サイゴウ
「ただ、彼女はインパクトあり過ぎだよ。その個性的過ぎるアンバランスさを補正できる作品に、今後、どれだけ女優として出会えるかが、重要だろうな」
サカモト
「唯一、スター性を漂わせるのが、やっぱりスジを演じたミン・ヒョリンですね」
サイゴウ
「最後に大人になったスジが、ちょこっとだけ姿を現すけど、演じたユン・ジョンは1980年代の人気スターだったらしい。その後、芸能界を引退して世間から姿を隠していたらしいけど、今回、久々の映画出演ということで、ある意味【リアル・サニー】だったりする」
サカモト
「でも、大人になった【칠공주】たちは、やはり有名なキャストがいないこともあってか、ちょっと生彩に欠けます。【サニー】時代のキャストと面影が重なる女優を選んではいるんですけど、魅力と面白みがない」
サイゴウ
「でも、それがまた、過去と現在の対比になっているし、世相の差異を描く表現にもなってはいるんだけどな。ただ、それぞれの人生に、もっと、じめっとしたダークな質感が欲しかった。そこら辺は男性監督が描く女性像の限界というか、女性監督とは異なる、アプローチの差だったのかな」
サカモト
「大人になったナミ演じるユ・ホジョンは、雰囲気的に一貫していたんですけど、家庭を描いた部分が、どの時代も幸福過ぎるので、ちょっと退屈でしたね。彼女にこそ、最もダークで重いドラマが欲しかったです。単なる【綺麗なおばさん】で終始してしまった感は否めません…演じたユ・ホジョンは感じいい女優でしたが」
サイゴウ
「出番はホント、少ないんだけど、オレとしては、落ちぶれて場末のホステスになっちゃったお嬢様、ポクヒ演じたキム・ソンギョンが印象に残った。なかなか美人なヒトでもあるんだけど、最後にみんなで舞い踊るシーンでは立ち姿が一番美しい。ミュージカル女優だから、当然かも知れないけど」
サカモト
「あの舞い踊るラストは、泣けますよね。踊りも、選曲も、振付も全然冴えていないんですけど、過去への決別でもあり、今の始まりでもあって、すごくインパクトがあります」
サイゴウ
「最後の最後に出てくるオチは、まあ、余計な気がしなくもないが、終わりまでクールビューティー、スジの運命を明かさなかったことは、大きな感動に繋がったな。ちょっと、引っ張り過ぎだったけど」
サカモト
「全体的にまとまりが悪いし、俗っぽい物語の割にはシュール過ぎ、チグハグで、煮え切らない作品なんですが、とにかくパワフルかつ強引過ぎる明るさが、日本でもウケそうな勢いを持っていると思いますよ」
サイゴウ
「この韓国人のジコチューともいえそうなネタを、日本の観客がどう、消化して受け入れるかだな。この映画のヒロインたちと同世代のおばちゃんたちだったら、結構、いろんな部分で人生が重なる物語なんじゃないのだろうか」
『青い塩』-★ [韓国映画]
原題『푸른소금』-★
(2011年度/韓国一般公開2011年8月31日)
英訳題『Hindsight』
邦訳題『青い塩』
勝手に題名を付けてみました
『ギャングとキラーとクッキング、そしてワルサーP38』

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(あらすじ)
かつて、裏社会でその名を轟かした男、ドホン(=ソン・ガンホ)も、今では平和な暮らしを夢見て、半ば引退した状態だ。
食堂経営を夢見て料理教室に通う彼の元に、ぶっきらぼうな謎の美少女セビン(=シン・セギョン)が現れ、二人は授業を重ねるごとに親しくなってゆく。
だが、セビンは密かにドホンを監視し、ある組織の幹部に報告を行なっていた。
ドホンが所属する組織は権力争いで割れており、上部への裏切りを画策する連中にとって、ドホンはパワーゲームの結末を左右する重要な駒だった。
セビンはかつて射撃選手として活躍した経歴を持ち、今はウンジョン(=イ・ソム)とプレハブ暮らしをしていたが、その正体はフリーの殺し屋であり、謎の女カン(=ユン・ヨジョン)率いる暗殺組織の中堅ソンジェ(=オ・ダルス)とコンビを組んでいた。
ウンジョンを拉致され、ドホン暗殺を組織幹部から強要されたセビンだったが、ドホンに対する信頼に心が揺らいでしまう。
一方、裏切りの陰謀を阻止したドホンは、本格的に組織から狙われ始める。
三者の利害関係は錯綜し、セビンは殺し屋K(=キム・ミンジュ)と組んで、ドホンを助けることになるが、いつかはドホンを殺さなければ、自分もウンジョンも殺られてしまう。
だが、その肩を押したのが、ウンジョンの裏切りだった。
四面楚歌に追い込まれたセビンは、遂に郊外の塩田で、ドンホに愛銃ワルサーP38の引き金を引く。
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サイゴウ
「【♪~푸른、푸른、푸른、♪~푸른、푸른、푸른、푸른소금~】って、なんかマヌケで変な題名だよな」
サカモト
「直訳すると【青い塩】ですからね、Eマートあたりに並んでいる新製品の食材かと思いましたよ」
サイゴウ
「でも、ポスターはロン毛で皮膚管理やったばかりみたいな色白のソン・ガンホと、パンダメイクのシン・セギョンが対峙している写真。よく見れば、なにやら銃を突きつけている。【シン・セギョンってだ~れ?】【変なメイクと髪型だな~】って感じだけで、どんな映画がさっぱり想像がつかなかった」
サカモト
「しかも監督は『시월애/イルマーレ』のイ・ヒョンスンです。最近は映画監督と言うより、プロデューサーに大学の先生、舞台演出と、他の分野に専念していたみたいですけど、正直、ワタシ的には【忘れられた人】。日本でも公開された『시월애/イルマーレ』は見栄えばかりで中身が空っぽの映画でしたけど、『青い塩』も同じような映画。観る前からマイナス・オーラが立ち上がっているようでした」
サイゴウ
「そして、観た後その印象が変わったかと言えば、全く変わらないという、最近の韓国映画では珍しい【最初から最後までガッカリ映画】だったな。悪い予想そのまんまって、逆に悲しいぞ。予想外の拾い物だったら、嬉しかったんだけど…CD屋でOST買ったら、店員のお兄ちゃんに呆れられたよ、【この映画観たんですか~?】って」
サカモト
「せっかくなんで、偏見丸出しで言っちゃいますけど、イ・ヒョンスンぐらいの歳の監督って、やっぱり、もう期待できないですよ。修行時代を韓国映画の奈落期と勃興期に挟まれた時代に過ごした半端な世代、ってことはありますけど、今の韓国で一番つまんない映画を撮っちゃう人たちですよね」
サイゴウ
「イ・ジェニクやイ・チャンドンは、そこら辺を覆す可能性があったんだけど、勢いがよかったのは最初だけで、結局続かなかった。イ・ヒョンスンもそのパターンかな」
サカモト
「映像は本当に無駄に凝っているし、小間物なんかも、この年齢の韓国人男性としては細やかで過剰な感性を見せてくれるんですが、【ああ、綺麗だね】でおしまい、後が続きません」
サイゴウ
「『시월애/イルマーレ』から約10年を経て、何も変わっていないようにしか見えないワケだから、相対的には退化している、ってことだな」
サカモト
「『시월애/イルマーレ』という作品は、凝った美しい包装のプレゼントをもらって、中身を開けたら、隅っこに梅干しの種が転がっていた、みたいな、テク優先で肩透かしの、スッカラカンな作品だった訳ですけど、今回の『푸른소금』の場合は、包装が一層、豪華になり、箱が更に大きくなった分だけ、スッカラカン強度が上がっちゃった感じですね」
サイゴウ
「でも、映像は本当に凝っているんだよな…なのに、エモーションと全く結びつかないというのは、逆説的に注目すべきことなんだろうか?カットの運びはやけに落ち着きがなく、編集も、せわしいだけで雰囲気ブチ壊し」
サカモト
「殺し屋の美少女に、料理教室に通うおしゃれな大物ヤクザという組み合わせも、ただの一発ネタ。『시월애/イルマーレ』の時と同じですね」
サイゴウ
「このショボさは【作家性】ってワケかな?彼の映画が好きな人には、そこら辺がキモだったりするのかもしれないが、例えて言えば、お金持ちが機材やロケーションに大金を投じて、美しいけど全然感動のない写真を撮って、得意げに見せびらかす様子に近いかもよ」
サカモト
「さあて、けなし始めたら終わりそうにないので、ちょっと別の切り口で観てみましょう」
サイゴウ
「映画の出来、不出来とは別に、なんか、えらく日本のアニメや漫画みたい、っていう印象を受けたぞ」
サカモト
「確かに日本の劇画ネタっぽい感じはしましたけど、それって、韓国映画では珍しくないですよ。格段、影響を受けた訳でもないと思いますけどね…」
サイゴウ
「それはそうなんだけど、【殺し屋の女の子】っていうキャラクターだとか、マニアックなディテールだとかの組み合わせが、日本のメディアにおける【ロリータ系記号群】を連想させるんだよな」
サカモト
「まあ、ヒロイン像は、どことなく渋谷系&カワイイ系ですよね、全然エロくないですけど。でもセビンたちが生きているのは、血を血で洗う、無慈悲なアウトローの社会」
サイゴウ
「そういった要素がまた、どうしても日本のアニメやマンガを連想させちゃうんだよね」
サカモト
「それって、監督の年齢を考えると微妙なんですけど、汎ニンフェット的というか、戦後、映画や文学で一つのジャンルになった、ロリータ主義的なものからの影響なんじゃないでしょうかね?」
サイゴウ
「それも決して否定しないけど、韓国映画の中で【銃を持った美少女】が出てくると、どうしても日本的なモノとの関連を連想しちゃうんだよな」
サカモト
「韓国映画には、美少女志向を全面に訴えた作品はあまりないので、特異な印象を受けたのかもしれませんね。韓国では、アイコンとしてのロリータ像を扱うことは、ちょっとタブーみたいな感じがあって、女性を描く時は【子供か大人じゃなければいけません】みたいな制限が、目に見えない形であるかもしれません。それって、ゲイをテーマに扱う時と、ちょっと近いかも」
サイゴウ
「監督がロリータ志向を胸の内に抱えているかどうかはわからないけど、【萌え系】が透けて見えるという点では、珍しい韓国映画だったかもしれないな」
サカモト
「それも、あくまでも【見た目だけ】の話ですけどね…銃器の扱いもそうです。凝っているようで、全然こだわりがなかったりする。イマドキの殺し屋がワルサーP38持っているなんて、雰囲気だけで選択したとしか思えないリアリズムの無さですし、ヒロインが発注するカスタムライフルも【なんだよ、これ~】みたいな代物。まあ、理に適ってはいるんでしょうけど…」
サイゴウ
「ヤクザや殺し屋たちの描き方も【見た目だけ】だよな。全然説得力がない。それは【この映画はファンタジーだから】っていう建前論なのかもしれないけど、表向きの記号並べるだけで情報は空っぽだから、【映像は綺麗なんだけど…】という結論で終わっちゃう」
サカモト
「観客の多くは、ソン・ガンホが出ているから観に行ったと思うんですけど、ガッカリだったでしょうね。どうせ中身がスッカラカンなら【日本で人気の韓流スター】を並べて、日本市場に特化した方が、商売的にはマシだったかもしれませんよ」
サイゴウ
「セビンを演じたシン・セギョンって、あんまり韓国っぽくない雰囲気の子なんだけど、化粧が濃すぎて素顔が分かんないし、演技も【演技以前】だしな」
サカモト
「安牌でユン・ヨジョンやオ・ダルスが脇を固めてはいますけど、なんだかパク・チャヌク亜流みたいな使い方ですし…」
サイゴウ
「最近では珍しい、昔ながらの風情を持った【絶滅危惧種的な韓国映画】って感じだな。こういう作品は、今の韓国では、もう、通用しないと思うよ」
サカモト
「という訳で【-★】決定です」
『ラスト・ゴッドファーザー』★★★ [韓国映画]
原題『라스트 갓파더』★★★
(2010年度/韓国一般公開日2010年12月29日)
英訳題『The Last Godfather』
邦訳題『ラスト・ゴッドファーザー』
勝手に題名を付けてみました
『二代目はオイニ~』

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(あらすじ)
昔々のニューヨーク・シティ。
街の一角を仕切るマフィアのドン、カリーニ(=ハーヴェイ・カイテル)は後継者問題に悩んでいた。
ライバルのポンパティー家の動きが過激になっており、いち早く対抗することを迫られていたのだ。
そこで彼は、かつて韓国女性との間にもうけた、今は孤児院に預けている一人息子を呼び寄せ、二代目として後釜に据える決断を下す。
カリスマ・ボスの息子を迎えることに期待を膨らませる部下たちだったが、修道女に連れられてやって来たのは、つんつるてんの服に身を包んだ、いかれたオッサンにしか見えないヨング(=シム・ヒョンレ)だった。
しかも、足がひどく臭い。
組織の腹心たちは仕方なくヨングの教育を始めるが、陽気で朗らかながらも常識が全くない彼に振り回されっぱなし。
ある日、ヨングは大男に襲われていた美しい女性ナンシー(=ジョセリン・ドナヒュー)を得意の足の臭い攻撃で助けるが、彼女はポンパティ家の一人娘だった。
ふたりは恋に落ち、ヨングの意外な才能は、街で暮らす人々を幸福にするが、カリーニ一家にはポンパティ一家のスパイが潜り込んでおり、両家の戦争を企んでいた。
遂に戦いは避けられなくなり、ニューヨーク・シティで凄まじい銃撃戦が始まる。
果たして、勝利を掴むのはカリーニ一家か、ポンパティ一家か!?
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サイゴウ
「『ヨンガリ』『D-WAR』に続いてシム・ヒョンレが放つ、スーパー怪獣映画第3弾がこの『ラスト・ゴッドファーザー』だ!孤児院で育てられたマフィアのドンの隠し子が、実は米軍の極秘生体兵器。一見、単なるボケた足の臭いおっさんだが、ひとたび怒りモードのスイッチが入ると鋼の巨人に変身し、その暴走は誰にも止められない。物語はマフィアの抗争から、国連軍を巻き込んだ怪獣軍団の大乱戦へエスカレートするという凄い話」
サカモト
「そんな大嘘いっちゃあ、ダメですよ。この映画は怪獣映画じゃ、ありません。モーレツに古典的なスラップスティック・コメディです。あまりにベタなお約束ギャグの連続ですが、今の時代、逆にそれが新鮮だったりします。やれそうでできない意欲的な【原点回帰】を試みた、という点では前二作の怪獣特撮モノと共通するシム・ヒョンレの熱い想いと、我が道を突き進むクリエイター魂を如実に感じる好編ですよ。芸術性うんぬんの基準からは全く外れた作品かもしれませんが、商業映画の理想を追求した映画かもしれません」
サイゴウ
「いやいや、これは絶対に怪獣映画。前の二作はCGIだったけど、この『ラスト・ゴッドファーザー』では遂にそれらを裏で操っていた黒幕【シム・ヒョンレ】が遂に正体を現す。その最強、最悪な活躍には誰も敵わない。まさに【シム・ヒョンレ怪獣三部作】のとりを締めくくるのにふさわしい作品だ。相変わらずB級だけどね」
サカモト
「それよりも、ハーヴェイ・カイテルが真面目に仕事やっているのは驚きでしたけど」
サイゴウ
「昔のニューヨークが舞台で、セリフも英語、ポスターも純アメリカ映画風と、シム・ヒョンレの写真と名前がいなければ、ハリウッドのインディーズと間違えて観に行かないところだった」
サカモト
「とても分かりやすいギャグが全編に散りばめられていて、クサいながらも実に笑えるんですけど、なにげで時代の再現性も凝っていたりする。ここら辺はVFXにこだわりのあるシム・ヒョンレらしい部分でしょう。もっとも、それって、アメリカ側スタッフの腕の良さでもあるわけで、B級であっても、やっぱり韓国映画は技術的にまだまだ、って感じですか。韓国人スタッフ中心でやっていたら、ここまでカッチリした映像は、残念ながら出来なかったでしょうね」
サイゴウ
「この映画を観ていて、ずっと思っていたんだけど、シム・ヒョンレのギャグって、ビートたけしのギャグと似ているよな。ビートたけしの場合、日本の風土というか、目にする媒体のせいか、滑りまくりで決して面白い訳じゃないんだけど、両者には、かつてのスラップスティック・コメディへのリスぺクト、チャップリンやキートン、マルクス兄弟への深い敬意や影響がすごく感じられる。そう考えると、ビートたけしの目指している【ギャグの形】って、この『ラスト・ゴッドファーザー』に近いんじゃないだろうか?なんて考えたりもした」
サカモト
「でも、この『ラスト・ゴッドファーザー』を観て、【うらやましい】と感じる日本のお笑い芸人って、結構いるんじゃないでしょうか」
サイゴウ
「この映画で繰り広げられるギャグって、シム・ヒョンレが現役コメディアン時代に、TVなんかで散々やっていたネタの集大成らしいけど、ある意味、正統派だよな。日本のTVや映画のギャグって、BBCの『モンティ・パイソン』が登場した辺りからシュールになっちゃって、誰でも笑えるチャップリンみたいなドタバタ・スタイルが観られなくなって久しい。今の日本で『ラスト・ゴッドファーザー』やれ、といわれても無理だろうな。若い世代からすれば、この映画は古臭いだけなのかもしれないけど、原点は大切だよ」
サカモト
「この作品の偉いところは、アメリカを舞台にした話なのに、主人公がコテコテの韓国人のおっさんで、その個性を活かした大活躍をすることでしょう。こういうことを韓国の作品でやっちゃうと、いつものイヤーな臭いがしてしまうんですけど、シム・ヒョンレの持つパワーというか、コメディアンとして普遍性が、そんなことを微塵も感じさせない。これって、高く評価すべきことでしょうね」
サイゴウ
「日本の作品だったら、【サムライ、マンガ、スシ、ゲイシャ、フジサン】を前面に出して、どっちらけになりそうだが、シム・ヒョンレは、そういった【いかにも】な道具立てを全然やらない。分かりやすい【おかしさ】だけで勝負しているのはエライ」
サカモト
「お話も基本に忠実。シナリオを読まされただけじゃ、たぶん面白くもなんともなさそうですが、そのシンプルさと古典的なギャグの応酬故に、シム・ヒョンレの個性が活きた、って感じで、ベテランの狡猾な戦略も感じましたね」
サイゴウ
「もうひとつエライのは、ちゃんと古典的ギャング映画の定石も踏んでいるってことだろう。コッポラの『ゴッド・ファーザー』以降に標準化した、ハードコアでバイオレンスな描写はさすがにないけど、最後にはちゃんと派手な市街戦をやってくれる。使っている銃器もツボ押さえているし、かなり派手で、結構決めてくれるのがうれしい。TVドラマ『アイリス』の光化門銃撃戦シーンが、馬鹿みたいに見えたよ」
サカモト
「全体的にセットぽくって、美術もあざといし、俳優たちの芝居もクサいんですけど、これもまた昔のアメリカ映画の再現になっていて、コスプレ物的な楽しさもあります。リアリズムとは対極かもしれませんが、こうした総体的な【あざとさ】って、やっぱり映画の原点でもあり魅力でもあるわけですから、韓国の若いクリエイターたちも、ちょっと見直してほしいと思いました。もっとも、シム・ヒョンレって人物自身が、現代韓国映画界の奇跡みたいな存在かもしれませんけど」
サイゴウ
「次回作は韓国版『三丁目の夕日』みたいなCGIアニメだけど、シム・ヒョンレが噛んでいる以上、これもまた、とんでもない驚きを見せてくれるかもしれないな(※)」
(※)この「추억의 붕어빵/Memory Of Bread/鯛焼きの想い出」(2011年公開予定…だった)ですが、諸々の事情で製作や公開がどうなるか、今はわからない状態だそうです。
サカモト
「一見、くだらない映画にしか思えないし、観ている最中もそうかもしれないし、韓国嫌いにはやっぱりダメかもしれませんが、【普遍的なお笑いとは何か?】を改めて考えさせてくれる力作でしょうね」
サイゴウ
「日本もたまには、こういう作品をちゃんと評価すべきだと思うぞ」
サカモト
「大人はダメでも、子供には受けそうですし、それって重要なことなんですけどね、コメディにとっては…」
『ゆっくりと眠る木』★★★ [韓国映画]
原題『서서 자는 나무』★★★
(2010年度/韓国一般公開日2010年12月9日)
邦訳題『ゆっくりと眠る木』
勝手に題名を付けてみました
『クジャンとスニョン/我が最愛の家族』

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(あらすじ)
消防士として、危険な現場で献身的に仕事をこなすクジャン(=ソン・チャンイ)には、恋女房のスニョン(=ソ・ジヘ)と愛娘スルギ(=チュ・ヘリン)がいる。
スニョンはかつて回転ドアに足を挟まれた時に、クジャンが救出にあたり、それがきっかけで知り合い、結婚した。
娘スルギが生まれても、二人は他の人が羨むほど、今も熱々の仲。
クジャンの相棒、お調子者のソグ(=ヨン・ヒョンス)は、クジャンの頼りになるパートナーだが、彼もまた密かにスヒョンを想っている。
頭痛に悩まされるようになったクジャンは、自分が脳腫瘍で余命いくばくもないことを知るが、スニョンとソグに、そのことを告げることができない。
ある日、放火現場で絶対絶命に陥ったクジャンは、ソグを助けるために最後の行動に出る。
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サイゴウ
「こりゃ、びっくり。普通にいい映画だよ、かなりショボイけど…」
サカモト
「十年前なら一般の商業映画として製作されて、それなりにヒットしそうな内容ですね」
サイゴウ
「低予算なんで、キャストは無名、消防士を描いているのに火事場シーンは限りなく安っぽくと、かなり貧乏臭いんだけど、それを補って余りある素性の良さを感じた作品だ。内容がこのままでも、撮影に少しお金を注いで、世間受けするキャストで撮ったら、日本でも十分通用しそうだよ」
サカモト
「でも、今の日本や韓国では、こういうベーシックな良さを持った作品は、残念ながら評価されにくいんですよね。【臭い】とか【古い】とか、【韓流】とか言われて…」
サイゴウ
「日本だったら【ベタな韓流がバカ丸出し】とか言われてオシマイの典型だな。今の日本じゃ、なんでもかんでも【韓流】なんていうレッテル貼って、カルト宗教まがいの不自然なムーブメントを作り、【似非メジャー】化しちゃったから、『ゆっくりと眠る木』みたいな地味過ぎ、貧乏過ぎの作品は、ますます紹介されない悪循環になってしまった」
サカモト
「昔ながらの倫理や道徳論を映画で振り回すことは、弱者の逃げ口上にしか過ぎない時代になりつつあるのかもしれませんが、まだまだ濃厚で素朴なヒューマニズムみたいなものが、韓国社会にあるのは事実です。それをきちんと描けていたのが、この『ゆっくりと眠る木』だった訳ですけど、インディーズでこういう作品が作られたって事自体、今の韓国では、かなり珍しかったとも言えますよね」
サイゴウ
「お話だけだったら、商売性重視のベタなメロにも思えるけど、ギラギラした欲望を感じない映画だったもんな。そこがまた、好印象の理由だろう」
サカモト
「でも、この映画で美しく語られる家族愛、人の優しさって、日本人が、韓国を誤解する【ドつぼ】に落ちる罠だったりもします。韓国には【うらやましいな】と感じる、本質的な人間関係がまだまだありますけど、【特有のうっとおしい現実】もたくさん含んでいますからね。だから、この映画に対しても、そういうことを踏まえた上で誉める必要はありますけど」
サイゴウ
「もちろんオレも、この映画で描かれたような【韓国の美徳】に盲目的に従属しちゃうことは、日本人として絶対イヤだよ。だから、そういった【けじめ】があることを前提で、【韓国ならではの素敵で温かい人間関係を描いた作品】として評価したいんだけどね」
サカモト
「ただし、一般論からいうと、この『ゆっくりと眠る木』は、日本の評論筋に観せても、まずはボロクソ言われるだけでしょうね。映画として傑出した作家性があるわけでもないし、DVDスルーでも正直苦しい内容だし、映画祭に掛けるような作品じゃないし、マスコミはどこも協賛しないだろうし…」
サイゴウ
「映画の評価って、本当はそんなことを気にすべきじゃないんだけど、気にせざるをえない現実があるから、日本では韓国映画に対する正直な意見が出にくくなっちゃうんだよな。これもまた、日本社会が抱える言語統制の一つだろうな。でも、この『ゆっくりと眠る木』を監督したソン・インジョンの作品が、例えば数年後に、カンヌやヴェネチアなんかで評判になって、それを日本の会社が買い付けて、うるさ型の評論家たちに持ち上げさせたら、評価は180°トランスフォームだろ?結局、韓国映画に対する、今の日本の評価基準なんて、主体性もなにもありゃしない。そんだったら、自分の審美眼を信じて楽しむのが一番利口だよ」
サカモト
「さて、ちょっと映画自体の評価から外れ出したので、軌道を戻しますけど、この作品の魅力は、具体的にどの辺だと思います?」
サイゴウ
「まず、第一に、真正面から人間の性善さを描いていること。宗教臭くなったり、リアリティゼロになったりしないのは、演出側の冴えだと思う。第二に、主人公とその家族の関係が魅力的に描かれていること。夫婦二人の【男女としての関係】と【親同士としての関係】が、きちんと分けて描かれている。もちろん、そこに不自然さを感じる人がいても当然だけど、あえてそうした【クサイまでの性善説】を堂々と描いた姿勢は偉いと思うよ。物語はむしろ悲劇なんだけど、この素敵な家族関係のドラマがあったからこそ、安易なヒューマニズムやお涙頂戴に陥らなかったんじゃないだろうか」
サカモト
「夫クジョンと、妻スヨンは、いつもラブラブですけど、個々人としてのけじめがきちんとあるし、娘スルギもすごく可愛がられている。現実にああいう夫婦がいたら、周りから妬まれること200%でしょうね」
サイゴウ
「今のメジャーな企画だったら、二人を妬む謎の犯人に娘が誘拐されて、妻は重傷、夫は善人の仮面を脱ぎ棄て、消した過去を再び背負う…みたいな話にされそうなくらいの幸福ぶりだもんな」
サカモト
「でも、このウルトラ理想の家族像が、観ていて、ちっとも嫌味にならなかったのは、やっぱりこの映画が生まれ持った【美徳】であり、そこには演じた俳優の良さもあったと思うんですよ」
サイゴウ
「主演は二人とも地味だけど、なんだかいいよな。【どこかどういいか言え!】と強要されても困るんだけど、なんか、いいんだよね。個人的にはスヨン演じたソ・ジヘが魅力的だった」
サカモト
「彼女はそんなに演技が上手いわけでもないし、ルックスも格段いい訳じゃないんですけど、程よい美人加減と、親しみやすいカジュアルさ、そして現代人ならではのあと腐れのない爽やかさみたいなものが混然一体となってありましたよね。『ゆっくりと眠る木』が低予算の小さな作品だったから、それが活きた、ってこともありますけど」
サイゴウ
「彼女はメジャーで看板張るような女優じゃないよな。小さな作品だからこそ、その個性が光ったという…これもまたインディーズ映画の良さだろう」
サカモト
「劇中、サスペンスへの伏線となるシーンがあるにも関わらず、いつの間にかすっ飛ばされてしまい、最後の悲劇へといきなり飛んじゃうのは、映画の構成としてみれば大問題なんですが、余計なアクションとかサスペンスを潔く省いちゃうことで、ヒューマニズムがより純化されて感動効果を上げた、って感じですかね?」
サイゴウ
「韓国映画って、インディーズであっても、サービス過剰で何がやりたいんだか、作る側が方向性を見失っちゃっているような作品もよくあるんだけど、この『ゆっくりと眠る木』は、何事もほどほどにすることで、骨子が通ってくるという、お手本だったのかもな」
サカモト
「今回はそれが例え、偶然の産物であっても、このスタイルを今後も維持し続け、昇華できる機会に恵まれれば、映画監督ソン・インジョンの未来は期待できるんじゃないでしょうか?」
サイゴウ
「スターが雁首揃えたメジャー企画じゃなくて、ほどよく小さな映画を作り続けて行くことが似合いそうなクリエイターじゃないかな??一応今後の作品に期待したいね」
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